ヨシタケシンスケさん×柴田ケイコさん…大人気絵本作家のスペシャル対談が実現!|『りんごかもしれない』誕生の裏側は?絵本作りの「ちょうど良さ」とは?たっぷり語っていただきました!
「ヨシタケシンスケ展かもしれない」が高知で初開催!ヨシタケシンスケさんと柴田ケイコさんが語りました
『りんごかもしれない』『りゆうがあります』などを手がけた絵本作家・ヨシタケシンスケさんの展覧会「ヨシタケシンスケ展かもしれない」が高知県立美術館(高知市高須)で初めて開催されています。
開催を記念して、ヨシタケさんと、高知市在住の絵本作家・柴田ケイコさんによるスペシャル対談がココハレで実現しました!
2 人は 1973 年生まれの同い年。イラストレーターの仕事から絵本作家としてデビューしたという共通点があります。
対談で語られたのは『りんごかもしれない』誕生の裏側に、絵本作りで心がける「ちょうど良さ」。子どもにも大人にも大人気なのに、2 人とも実は自分に自信がないそうで…。本音トークをたっぷりお届けします!
目次
【出会い】「ヨシタケさんは私の指針」「柴田さんは謙虚さが変わらない」
今回の対談は 2025 年 12 月 1 日、「ヨシタケシンスケ展かもしれない」の会場で行われました。
ヨシタケさん、柴田さんの経歴がこちら
ヨシタケシンスケ
1973 年、神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コースを修了し、イラストレーターや造形作家として活躍。2013 年に『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)で絵本作家デビュー。『りんごかもしれない』『もう ぬげない』(ブロンズ新社)、『りゆうがあります』(PHP研究所)など 7 度にわたり、MOE絵本屋さん大賞の第 1 位に輝いた。
柴田ケイコ
1973 年、高知市生まれ。印刷会社でグラフィックデザインなどの仕事を経て、2002 年に独立。イラストレーターとして活躍する。2016 年に「めがねこ」(手紙社)で絵本作家デビュー。「おいしそうなしろくま」(PHP研究所)、「パンどろぼう」(KADOKAWA)などの人気シリーズ手がけている。
2 人の出会いは「MOE絵本屋さん大賞 2017」の受賞式。この年、ヨシタケさんは『なつみはなんにでもなれる』(PHP研究所)で第 1 位、柴田さんは『おいしそうなしろくま』で第 4 位でした。
対談は出会った頃にさかのぼってスタートしました。
――お二人の出会いから教えてください。
ヨシタケさん:MOEの受賞式が最初でしたっけ?
柴田さん:そうですね。2017 年くらいかな。受賞式の後、ご飯をご一緒させていただいて。
ヨシタケさん:そっか、あれが最初か。その後もちょこちょこ、ご一緒させていただいてますよね。
――柴田さんにとって、ヨシタケさんは絵本の世界の先輩でいらっしゃいますね。
柴田さん:そうです!
ヨシタケさん:絵本作家としては、柴田さんが先輩じゃない?僕はデビューが 2013 年ですから。
柴田さん:私は 2016 年なんです。
ヨシタケさん:あれ?ほんと?てっきり…。
柴田さん:でも、年は同い年なんですよね。
ヨシタケさん:そうそう。「デビューが遅い」という意味でも同じ。
――お互いの第一印象を教えてください。
柴田さん:もう、この業界の大先輩!でも、イラストの仕事をしながら絵本の世界に入ったところなんかが、すごく似てるなと。ヨシタケさんはすごいところにいらっしゃるんですけど、私の指針になりました。あとは、お話が面白いですよね。『りゆうがあります』がうちの息子にすごく似てて。「自分の息子のことを書いてる!」っていう(笑)。
ヨシタケさん:それはすごくうれしいですね(笑)。
柴田さん:こういう絵本が世に出てきたことがうれしくて。今までの絵本の世界って、「絵は画家さんに任せて、ストーリーは別の方で」とか「すごく美しい絵じゃないといけない」っていうのがあったと思うんですけど、覆されたような感じがしました。イラストを描いている自分にとって、「あ、この分野でこういう絵本ができていいんだ」と安心しました。
ヨシタケさん:うれしいです。
――ヨシタケさんからご覧になって、柴田さんの印象は。
柴田さん:すごく緊張するな…。
ヨシタケさん:「この作品を描いた人はこの方でしょうね」っていうのを、他の皆さんも多かれ少なかれ持っていらっしゃると思います。柴田さんもご自分の分身としての作品だから、「だからか!」という納得感があります。
柴田さん:うれしい!ありがとうございます!
ヨシタケさん:初めてお会いして以降、柴田さんは『パンどろぼう』をはじめ、どんどん大ヒットを出され、周りの環境は大きく変わっていっただろうに、その後も全然変わらない。それがすごい。
柴田さん:めっちゃ今、汗かいてますけど(笑)。
ヨシタケさん:謙虚さを維持することって、できる人とできない人がいるんですよ。ご本人がどこまで意識しているかは別としても、長く続けていく秘けつだし、変わらないものを持っていらっしゃる、その強度みたいなのがやっぱり作家ゆえなのかな。どの作家さんもそうだと思いますが。
【りゆうがあります】「お母さんって実際、笑わないよね」が絵になりました
ヨシタケさんの作品の中で、柴田さんが一番好きなのが『りゆうがあります』。子育てママならではの視点で語りました。
――柴田さん、一番好きなヨシタケさんの作品は何ですか?
柴田さん:やっぱり、『りゆうがあります』かな。
――どのあたりが息子さんに似てるなと思われました?
柴田さん:全部かな。全部言い訳みたいに言うところが、全部うちの息子だったんです。私も言い訳しますけど(笑)。
――言い訳、しますよね。
柴田さん:言い訳の仕方が、すごくいいところをついてる。かゆいところに手が届く、みたいな感じ。鼻をほじるのもそうだし、全部反論してくるところとか、男の子ならではの部分もあり。それを見てるお母さんの表情がね。
――「あー、はいはい」みたいな表情ですよね。私も子どもにしちゃってます。
ヨシタケさん:(笑)
柴田さん:ヨシタケさんは何かの雑誌で、「子育てでキリキリしてる時って実際、笑わないよね」みたいなことをおっしゃってましたよね。絵本の世界では、お母さんはにこにこしてることが多いと思うんです。「実際、笑わないよね」をちゃんと絵にしたのってなかなかないなと。そこがいいなと思いました。多分、私もずっとこんな表情をして…。
――若干、死んだような(笑)。
柴田さん:死んだ魚のような(笑)。そんな目でずっと育児をしてたなと。「短い間だから、楽しんで育児をした方がいい」と言われますけど、お母さんにとったら 1 日が長いんですよね。でも、「絶対笑えない」という表情なんだけど、かわいく感じてしまう。嫌な気持ちにならない、絶妙なところ。
――「母親がこういう表情をしても大丈夫なんだ」と安心します。
柴田さん:「だよね」というのをうまく捉えてるし、文章もいいですよね。
【ヨシタケフォント】「一生懸命書いて、これなんです」
柴田さんはヨシタケさんの字も好きだそうで、「ヨシタケフォント」と呼んでいました。てっきり、こういう感じの字を書いていると思いきや…?
柴田さん:私ずっと思ってるんですけど、ヨシタケさんは字がかわいい。
ヨシタケさん:ありがとうございます。
柴田さん:これだけで多分、「ヨシタケフォント」ができますよね。
ヨシタケさん:僕、一生懸命書いてこれなんですよね。こう書こうとして書いているわけじゃなくて。
柴田さん:そうなんですか?
ヨシタケさん:昔から「字が汚い」「丁寧に書きなさい」って言われて、習字とか習わされたりして。でもずっと変わらない。それが今、売り物になってる。
柴田さん:そうですよ!
ヨシタケさん:当時、僕を叱り続けた先生にお礼を言いたいなと(笑)。
柴田さん:デザイン化されている文字はすごくうらやましいです。
ヨシタケさん:柴田さんの絵本には手書きの文字って出てる?
柴田さん:私は大きな展開の時。「パンどろぼう」だと、(口にしたパンが)「まずい」のシーンとか、ああいうところだけですね。普通の文章は、手書きは絶対無理。荒井良二さんとか長新太さんとか、文字が書けて、それがデザイン化されている方は引き出しがいっぱいあるから、うらやましい。絵だけじゃなくて、いろんなところでバランスが取れますよね。
ヨシタケさん:そっか。そういう思いで見ると、確かに。でも普段、ラフとかで書く字をそのまま使えばいいじゃないですか。
柴田さん:いやー、そこは…。
ヨシタケさん:ダメなんですね。
柴田さん:自分の中で「いけてない」と思うんです。
ヨシタケさん:そうなんですか。不思議。
ヨシタケさん:絵本におけるテキストの役割が、僕とはずいぶん違いますよね。柴田さんは割と状況説明の方がメインだったりするから。本来、絵本ってこうあるべきなんですよ。
柴田さん:いやいやいや…。
ヨシタケさん:僕は、隙間産業なので(笑)。
柴田さん:隙間産業(笑)。ステキです。
ヨシタケさん:書き文字って結構面積を使えるんです。同じ大きさの文字でも、手書きは周りにたくさん余白が必要なんですよ。
柴田さん:なるほど。
ヨシタケさん:だから、意外と場が持つというか。僕は絵がシンプルなので、書き文字で場所を埋めてる感がすごくある。
柴田さん:その位置も絶妙に良くて。言葉のセンスも絶妙に良くて、書こうと思って書けないっていうね。
ヨシタケさん:ありがとうございます。でも、やっぱりこう…。
柴田さん:ないものねだりなんだけど…。
ヨシタケさん:そうそう。作家業をやってる方はきっと皆さんそうだけど、自分の表現をちゃんと持ってる人ほど、自分にできることがちゃんと分かる。だから、自分にできないことや自分がやろうとしてないことをやってる人を見ると、すごいと思いますよね。「やれてる!」って。
柴田さん:「うらやましい!でも、できないんだよな…」って。
ヨシタケさん:プロならではの、ね。
【創作の過程】普通過ぎても変わり過ぎてもダメ…「ちょうど良さ」を探しています
人気絵本を次々と世に出してきたヨシタケさんと柴田さん。子どもから大人まで楽しませてくれていますが、創作の過程では思い悩むことも多々あるそうです。
柴田さん:ヨシタケさんは「ヨシタケさんの世界を確立されている」という部分で見習うことはいろいろあっても、私の世界では絶対無理なんですよね。いろんな心情をくすっと笑えるように、絶妙にうまいバランスで展開できているのはすごいなと、いつも感心します。
ヨシタケさん:ありがとうございます。商品として成り立つ時にはやっぱり、必要な「ちょうど良さ」ってあるじゃないですか。普通過ぎてもとがり過ぎてもダメで、ちょうどいい脱線の仕方とか、ちょうどいい分かりやすい展開とか。たくさんの方に受け入れてもらえるためには「ちょうど良さ」がすごく大事で、僕の形が受け入れてもらえたのはうれしい。
柴田さん:デビュー作の『りんごかもしれない』から、「ちょうど良さ」は一発で出てきたんですか?
ヨシタケさん:『りんごかもしれない』は編集者さんに「ちょうど良さ」をすごく調整していただきました。足りない部分を継ぎ足すアドバイスを頂けて、「あっ、こういうことか」と。すごく勉強になりました。
柴田さん:私も最初、編集者さんからご意見を頂いて、「絵本ってこうやってできるんだ」と思いました。自分の世界はありますけど、やっぱり商品なので。
ヨシタケさん:そうそう。
柴田さん:意見をいかに柔軟に受け止めて作品にするか。作品を積み重ねるたびに葛藤もありつつ、でも、いい作品を作るためにはそういうご意見も頂きつつ。なんかこう、筋トレをさせられてるなっていう感じ(笑)。
ヨシタケさん:やっぱり、相性のいい編集者さんのダメ出しって、すごく理解できるじゃないですか。
柴田さん:そうですそうです。
ヨシタケさん:「確かにそうだ」「頑張ればもっと良くなるはずだ」ってイメージできる。でも、相性が良くないと、ダメ出しに納得できないことも…。
柴田さん:ありますよね…。
ヨシタケさん:面白さの好みが合ってる人との出会い、組み合わせは貴重。そういう人といい本は作れるし、作りたいと思います。
柴田さん:ヨシタケさんの編集さんたちは、ヨシタケさんの価値観を持っている方ですよね。
ヨシタケさん:それは確実にあると思う。それぞれが自分の仕事をしてるだけだし、誰も悪くないんだけど、落としどころが見つからない時というのはもう、組み合わせを変えるしかない。で、「組み合わせを変えるしかない」と言うのは作家の仕事なんですよね。
柴田さん:そうですよね。
ヨシタケさん:編集者さんからはなかなか言いだせないですからね。
柴田さん:どうしてもアイデアが出てこない時は、私は聞いちゃいます。「じゃあ、何がいいんですかね」みたいな。
ヨシタケさん:それで「そうそうそう!」となればいいですよね。
柴田さん:自分の中にある描きたいものを最初に出す時は、一案で出します?それともA案、B案、C案と出します?
ヨシタケさん:僕の場合、最初はお題をもらってましたので、ハードルは下がってました。最近はイチから「こういうテーマで、こういう話はどうですかね?」と出すので、一案だけ。見せるときはめっちゃ緊張してる。
柴田さん:ヨシタケさんが今でも緊張するんですか?!
ヨシタケさん:するする。気に入ってる企画であればあるほど、「これダメって言われたら、もうないんだけどな…」って。
柴田さん:私は自分に自信がないので、一案だけ出すってできないんですよ。
ヨシタケさん:ちゃんと複数出しますか?
柴田さん:ABCと出してジャッジしてもらいます。「AのこことCのここはいいんだけど、組み合わせるとちぐはぐになるよな…」っていうのをうまく調整しつつ、「ちょうど良さ」を出のがすっごく苦手で。
ヨシタケさん:でも、すごくたくさん描かれてるじゃないですか。(調整は)うまくなってます?
柴田さん:最初は気持ちがなえてたんですよ。「嫌だ。絵本なんかもう作りたくない」という時もあったんですけど、プラスに考えないとやっていけないと思って、「私のためにいろいろ考えてくれているんだ」と思うようにしてます。余裕を持って考えられるようにスケジュールは長期化させて、「この人はこういう出し方をすればOKって言われる確率が高くなるぞ」というこつもつかめてきたかな。
【人間と動物】「描くのが苦手」なものもあるんです
『パンどろぼう』『おいしそうなしろくま』など人気シリーズを手がけている柴田さん。ヨシタケさんが「シリーズものの苦労」を尋ねました。
ヨシタケさん:柴田さんとの大きな違いっていうと、僕はシリーズものがほとんどないんですよ。シリーズものは大変ですよ。
柴田さん:大変です、ほんとに…。私、飽き性なんです。
ヨシタケさん:そう。僕は飽き性だからシリーズものができない。キャラクター性も弱いので、シリーズ化しようがないんですね。
柴田さん:「シリーズ化を」って言われないんですか?
ヨシタケさん:今思えば、「あの時、遠回しに『シリーズ化できるものをやれ』って言われてたんだな」と(笑)。
柴田さん:(笑)
ヨシタケさん:でもやっぱ、苦手なんでしょうね。
柴田さん:ヨシタケさんは人を多く描いてるから、シリーズ化しなくてもシリーズ化されてる感じですよね。
ヨシタケさん:キャラクター性がつくれるのはすごくうらましいです。僕はどの本もみんな似たような顔になっちゃうので、キャラになりようがなくて。すごく悩んでいる部分です。
柴田さん:そうですか?ちゃんとなってる気がしますよ。
ヨシタケさん:あと、僕は動物が苦手なんですよ。
柴田さん:確かに、前にも「動物はしゃべらないから、描くのが苦手」とおっしゃってましたね。でも、描こうと思えばその域に行けるはずなのに、描かないっていうのが…。
ヨシタケさん:僕の絵本の中に動物が出てきたら、その時の僕は相当追い詰められてますよ(笑)。
柴田さん:(笑)
ヨシタケさん:「もう、最終ステージだな」って思ってください(笑)。
柴田さん:ほんとですか(笑)?すごく読みたいんですけど。私は逆に、人間を描くのが苦手なので。
ヨシタケさん:そうですか?ちょくちょく出てくるように思いますけど…。
柴田さん:人間って「ないな、こんな人」っていう人を描かないと、個性にならないから、難しいんです。動物は体つきにも顔にも個性があるから、キャラクターにしやすいんですよ。人間にキャラクター性を出せる人って本当にすごい。
ヨシタケさん:お互い、自分にできること、自分の担当分野を一生懸命掘り下げている感じですかね。
【りんごかもしれない】似たものを省いて、オーディションをして…
ヨシタケさんは『りんごかもしれない』、柴田さんは『めがねこ』で絵本作家としてデビューしました。あらためて、デビュー作を見て感じることは?
ヨシタケさん:初期の自分の作品って、今見てどう思います?
柴田さん:もう、めっちゃ絵が汚いなと…(笑)。
ヨシタケさん:(笑)
柴田さん:でも、熱量はものすごく高い。作品にかける自分の思いは、やっぱり一番強かったなって思いますね。
ヨシタケさん:自分の作品を割とさらな目で見られるようになるまで、5、6 年はかかるんだなって思います。別のものとして見て、「あぁ、頑張ってるな」って(笑)。
柴田さん:(笑)。『りんごかもしれない』は企画してからどのくらいで完成したんですか?
ヨシタケさん:時間はちょっと覚えてないんですけど、そんなにはかかってないと思います。そして、最初にお題をもらった時は「かもしれない」というキーワードではなかったんです。
柴田さん:リンゴだけ?
ヨシタケさん:リンゴじゃなくてもよかったんです。「一つのモチーフにもいろんな視点があるよね」という企画。「リンゴをスペイン語で何て言う?」「そのリンゴはどこで採れたもの?」「人はいつ頃からリンゴを食べてる?」「リンゴにはどんな食べ方がある?」という教育的なノリが強かった。そのうちだんだん調べるのがめんどくさいなって…。
柴田さん:(笑)
ヨシタケさん:間違っていると全部こっちのせいになるのも嫌だなとも。
柴田さん:確かに。
ヨシタケさん:それでできたものが単純に面白くならなかったんですよ、知識を与えるだけで。そんな時に、「かもしれない」というキーワードでくくってみると、「何にも取材しなくていい!」と。
柴田さん:「かもしれない」なら、自分のワールドで描けるわけですもんね。
ヨシタケさん:うそつき放題で、文句の言いようがない。「これは便利だ」と思って。
柴田さん:その後のアイデアはぽんぽん出てきたんですか?
ヨシタケさん:僕は「ひらめいた!」というタイプじゃなくて、すごく泥臭くて。リンゴっていうのはだいたい丸くて、赤くて、これぐらいの大きさで。「じゃあ、形を変えてみよう」「大きさを変えてみよう」「色を変えてみよう」「時間軸を変えてみよう」と 1 個ずつ言葉で箇条書きにして、それぞれのパラメーター(変数)をずらす、みたいなことをしてます。
柴田さん:緻密な作業。
ヨシタケさん:似たものを省いて、オーディションして、並べて。理屈っぽくつくってます。
柴田さん:そうやってつくって、想像力をかき立てられる内容になるのが、ヨシタケさんの力なんでしょうね。
【展覧会】ヨシタケさんの頭の中…「気が散ってるんだよ」
全国を巡回中の「ヨシタケシンスケ展かもしれない」はヨシタケさんにとって初めての大規模展覧会。今年 8 月には来場者が 100 万人を突破しました。ヨシタケさんは全ての会場に入って監修を行っていますが、ここで意外過ぎる事実が!
柴田さん:ヨシタケさん、高知にはこれまで来られたことはありますか?
ヨシタケさん:初めてかも。
柴田さん:初めてなんですね!
――初めてで、今日は日帰りされると伺ってます。
柴田さん:うわー、忙しい!おいしいものでも食べていただきたかったんですけど。
ヨシタケさん:プライベートで、またゆっくりあらためて…。
柴田さん:ヨシタケさんがご自身の展覧会にお客さんとして入って、「ここが好き」というのはありますか?
ヨシタケさん:僕ね、3 年間全国を回ってるんですけど、自分の展覧会に自分がお客さんとして入ったことはまだ 1 回もないんですよ。
柴田さん:そうなんですか?!
ヨシタケさん:前の日に監修をして、メディア対応をして、オープンの日に帰るっていう(笑)。
ヨシタケさん;お客さんが入ってるところに一緒にいて見たら楽しいに決まってるし、「見たいな」という気持ちもあるんですけど、なんかね、良くないところばっかり見ようとしちゃうんですよ。「あっ、その展示は素通りしちゃうんだ」って(笑)。
柴田さん:いや、素通りはないと思うんですけど(笑)。
ヨシタケさん:自分で勝手にネガティブになっちゃうんですよ。「なんか、苦笑いすらも起きないぞ」みたいな。嫌なところばっか探しちゃうので、体に良くない(笑)。
――柴田さんも作品展をされていますが、絵本作家の皆さんはどういう思いでご自身の展覧会を企画されるんですか?
ヨシタケさん:絵本作家って、基本的に絵本を読んでもらえればいいんです。絵本の展覧会はやっぱり原画。「本物の絵は絵本よりもこんなに大きくて、こんなに色彩豊かなんだ」「やっぱり生で見ると違う」というところに、きっと大きな価値があるんですよね。でも、僕の場合、原画は絵本で見ている絵よりも色は付いてないし、今展示しているものが本当の原寸だから、むしろ小さくなっちゃうんですね。だから、来る意味がなっちゃうので、そこをその、どう会場をごまかすか。
――いや、ごまかされてはないです(笑)。
ヨシタケさん:腐心した結果なんです(笑)。
柴田さん:いや、斬新ですよ(笑)!
ヨシタケさん:斬新にせざるを得ないんです。「立派な絵本作家の原画展」という体裁を取れないから(笑)。
柴田さん:展覧会にはヨシタケさんもたくさんアイデアを出されたんですか?
ヨシタケさん:いろんなのを出しました。でも、関係者から「それは何とも言えない」とか「それはダメです」みたいな返事が来て、どうすりゃいいんだ!かなり追い詰められましたね。
柴田さん:ちなみに、どんなアイデアだったんですか?
ヨシタケさん:とにかく「絵本の原画以外でお客さんにどうやって喜んでもらおうか」ということで、「動物ふれあいランドをつくりたいです」と。
柴田さん:(笑)
ヨシタケさん:ハムスターとかなでられる(笑)。ウサギさんにニンジンとかあげられたら、絶対楽しいじゃないですか。最初からずっと主張したんですけど、「それはダメです」って。
柴田さん:(笑)
ヨシタケさん:最終的に、一冊の本ができるまでの、僕の頭の中を空間化するというか。未完成の状態で、「これかもしれない」「あれかもしれない」といういろんな可能性があって、一つの絵本にフィックス(決定)していくさまを見せようと。会場がわちゃわちゃしているのは、ヨシタケが普段、どれだけ気が散ってるかっていう(笑)。
柴田さん:ヨシタケさんの頭の中が全部展示されているというイメージがあります。
ヨシタケさん:そういうふうに見えたらいいなって。ふわふわしてて、同じ絵本のラフの中に、全然違うラフが入ってたりとか。気が散ってるんだよ、っていう。
柴田さん:そこがすごく面白い!
ヨシタケさん:自分にできることはそれぐらいなので。
【絵と言葉】ネガティブなテーマもエンターテインメントになり得る!
「ヨシタケシンスケ展かもしれない」では図録が販売されています。会場の様子ではなく、「実現するかもしれなかった企画」を集めたものだそう。ヨシタケさんのキーワードである「かもしれない」に話が及びました。
ヨシタケさん:展覧会の図録って展示作品や会場の様子が収められるものですけど、僕の図録にはほとんど収められてないんです。ボツになった企画がたくさん載ってる。
柴田さん:ボツのもの。
ヨシタケさん:実現するかもしれなかった企画だけが集まってる。
柴田さん:それだけネタがあったってことでしょう?
ヨシタケさん:会場の構成が開幕ぎりぎりまで決まらなくて、会場の写真を入れる余裕がなかったという事情も大いにあります。何にもできてないのに、図録は作らなきゃいけない。で、「こっちだったかもしれない」とひらめいて。そういう反則をたくさん使って、今まで来ました(笑)。
柴田さん:「かもしれない」っていい言葉ですよ。いろんなことがOKになる感じじゃないですか。自由な言葉。
ヨシタケさん:そうなんです。「かもしれない」というキーワードを出せたのは、僕にとって幸せだったなと。悪用し放題です(笑)。
柴田さん:心を緩ませてくれる言葉というか、「逃げていいんだよ」という言葉。この言葉だけで、いろんな人が助かってると思います。
――ヨシタケさんの絵本では『ころべばいいのに』のタイトルに驚きました。ネガティブなテーマですし、言ってはダメな言葉とされてもいますし。
柴田さん:難題ですよね。
ヨシタケさん:これは大変でしたけど、すごく作りたい本でした。最初は「しねばいいのに」というタイトルだったんですけど、さすがにダメでした。
柴田さん:難しいけど、実際には心の中でそんなふうに思ってしまうことはありますよね。
ヨシタケさん:どの本もそうですけど、存在するものをないことにしない。確かにあるものに、ちゃんと名前を付けていく。「嫌いな人もいるでしょ?いないことにはできないでしょ?」っていう。
柴田さん:「そうそう、それそれ」っていうね。
ヨシタケさん:言い方さえきをつければ、こういうテーマもエンターテインメントになり得るし、そこにはいろんないいものが埋まっているとは思っていて。
柴田さん:そこも、センスがないと、なかなか…。
ヨシタケさん:そういう時に、絵本っていいなと思うのは、絵と言葉の組み合わせって、結構許してもらえるんですよ。
柴田さん:そういうワールドの本ですもんね。
ヨシタケさん:そう。テキストだけ抜き出すと、結構怒られそうなことが書いてあって、「この言葉はこういう意味で使ったんじゃない」と言い訳が長くなる。でも、際どいことを言っても、横にかわいい絵を描くと、みんなスルーしてくれる。
柴田さん:分かります。だから、ちょうどいいんですよね。
ヨシタケさん:絵だけだからできること、言葉だけだからできることがあるように、絵と言葉の組み合わせじゃないとできないこと、表現し得ないことがたくさんある。やればやるほど、奥が深いものだなと。
柴田さん:ヨシタケさんは何とも言えない表情とかわいらしさの相まった絵が描けるからいいですよね。私だったら、もっとグロテスクに描きそう。
ヨシタケさん:(笑)
柴田さん:リアルに…(笑)。
ヨシタケさん:柴田さんは「まずい」とかそうですけど、「ちょうど良さ」を半歩踏み出した、ちょっとだけやり過ぎてる感じがすごいなと思うし、それがちょうどいいんですよね。かわい過ぎても、見てて面白くないし、「もう 1 回読みたい」とも思わない。ちゃんとしたストーリーがあって、どこかちょっとずつはみ出てるっていう。「このはみ出方、なかなかないよな」っていう。
柴田さん:ありがとうございます。自分の感覚でどうしても描いてしまうので、それが正しいかどうか分からないんですけど。
ヨシタケさん:結果的に受け入れられてて、「よかったー」ってほっとするの、ありますよね。
柴田さん:あります、あります。「まずい」のページなんて、編集者さんに「ダメです。こんなの怖いです」って言われたら出せないので。OKを頂けてよかったし、「あ、怖くないんだ」「ちゃんと子どもたちが笑ってくれるページなんだ」と、完成してから分かりました。
ヨシタケさん:そこだけ見ると怖いけど、お話の流れで見ると許せる。
柴田さん:奥深いなと思います。
ヨシタケさん:すごく怖い絵でもすーっと見られるストーリーはあるはずし、すごく怖い言葉でもトラウマにならずにすーっと入る物語はあるはず。「ものは言いよう」です。絵が加わることで、その選択肢は無限に増えるけれども、一個一個、自分が「良し」とするところに合わせていくという作業ですよね。まぁ楽しいじゃないですか。
柴田さん:楽しいですね。ちゃんと着地できて、うまく積み上げたな、お家ができたなっていう感じ。そこができて、「あぁ、やっと終わった。手を離れた」という時が一番楽しいというか、ほっとします。
ヨシタケさんと柴田さんのスペシャル対談、いかがでしたか?お二人とも穏やかで、ユーモアにあふれていて、ヨシタケさんの言葉にあった「この作品の作家さんはこうだよね」を実感したココハレ編集部員でした。
最後に、ココハレ読者の皆さんへのメッセージをどうぞ!
ヨシタケさん:僕は「大人しか分からない部分」と「子どもに喜んでもらえる部分」を両方全部、絵本に入れたいなと思っています。今回の展覧会もそういうふうにつくっています。会場のあちこちにキッズスペースみたいなのをつくったので、お子さんが遊んでいる間に、大人の方にはゆっくり見ていただきたいです。
柴田さん:“産みの苦しみ”で自分だけ悩んでいましたが、今日はヨシタケさんが相談相手になってくださいました(笑)。それぞれの作家さんで魅力が全然違うのが、絵本の面白いところだと思うんです。展覧会に来ると、その魅力がより分かるので、ヨシタケさんの展覧会でも、見て、聞いて、触ってみて、五感を刺激して楽しんでほしいです…って、めっちゃアピールしました(笑)。
ヨシタケさん:何かすみません(笑)。ありがとうございました。
「ヨシタケシンスケ展」は高知県立美術館で 1 月 12 日(月・祝)まで開かれています。
- 開催期間:2025 年 12 月 2 日(火)~ 2026 年 1 月 12 日(月・祝)※ 12 月 27 日(土)~ 1 月 1 日(木・祝)は休館です。
- 場所:高知県立美術館・県民ギャラリー(高知県高知市高須 353-2 )
- 時間:9:30~16:30(最終入場は 16:00)
- 料金:12 月当日券は一般 1300 円、高校生以下 600 円、1 月当日券は一般 1400 円、高校生以下 600 円
- 駐車場:あり
©Shinsuke Yoshitake
この記事の著者