子どもの話を「感情」も含めて聴けていますか?|一人一人の子どもに合った子育てとは?高知工科大学教授の池雅之さんが講演しました
お子さんが思春期に入った皆さん、「最近、子どもの心が分からない」「どんなふうに声をかけたらいいか分からない」と悩んでいませんか?
高知県心の教育センターの子育て講演会で、高知工科大学の教授で臨床心理士、公認心理師の池雅之さんが「子どもの心、親心~ぼっちりな子育てをめざして~」というテーマで講演しました。
池さんが問いかけたのは「子どもの話を、感情も含めて聴けていますか?」。「思ってはいけない」とされるネガティブな感情をまずは受け止めることが、一人一人の子どもに合った子育てにつながるそうです。
目次
講演会は高知県心の教育センターの令和 7 年度子育て講演会として、2025 年 10 月 5 日に高知市追手筋 2 丁目のオーテピアで開かれました。
講師の池雅之さんは臨床心理士として病院の精神科などでの勤務を経て、現在は高知工科大学の教授。臨床心理学を基礎に、学校や病院などでの実践や研究、学生相談、ピア・サポート活動の支援などに取り組んでいます。
子育てにもし「免許制度」があったとしたら?
池さんは今回、心理職の立場、そして家庭での父親の立場から「ぼっちりな子育て」を語りました。
最初に考えたのが「子育てにもし『資格』があるとしたら?」。「子育て免許制度をつくるしたら、どんな制度になるか」について、AIに聞いてみた内容が紹介されました。その一部がこちら。
【子育て免許制度】
- 目的…親になる前に育児の基本知識や心理的理解を学び、子どもへの虐待や育児放棄を防ぐ
- 内容例:発達心理学や子どもの安全に関する基礎知識、応急処置や食育、しつけの方法
- 取得方法:講習を受講し、テストに合格すると、「子育て免許」が取得できる
「試しにAIに聞いてみたのですが、非常に面白い視点だと感じました」と池さん。AIは「憲法上の問題や社会的な反発があり、実現は難しい」とも答えたそうです。
そもそも、「子育ての資格」について池さんが考えた理由が、「親の資格」という表現が昔から使われてきたから。
「『親の資格がない』とは『親としての素養がない』という意味で使われますが、そんなこと言われても、みんな無免許ですよね」。言われてみれば、確かに…。
「育児書はありますが、誰もちゃんとした体験的な子育てを習っていません。子育てに資格がないのなら、気楽な子育てでもいいのでは。もう少しハードルを低くして考えていきませんか?」
子どもにとって、「親」とはかけがえのない存在です。
「子どもには記憶も自覚もありませんが、親とは自分自身が誕生する際に大きなエネルギーを注いでくれた存在です。児童虐待のように社会的には不適切な育児をしている親であっても、その子どもにとっては一番の養育者かもしれません」
子どもが親になる時、身近なモデルは実父母になります。「親と同じような子育てをしない」と思っていたのに、気づけば親と同じようにわが子を叱っていたという経験がある人もいるのでは。
親になる過程では、自分の親を理想としたり、反面教師としたりしながら「親らしさ」を見つけていくのだそうです。
「自分の親の『適切な子育て』と『不適切な子育て』とのせめぎ合いです。自分の親の適切な面と、自分自身の適切な面が融合された親になれると、安定が得られるかもしれません」
子どもへの愛情や慈しみは、親が自分をいたわることから
わが子と向き合う際に心がけておきたいのが「親から見える世界と子どもから見える世界は違う」ということです。池さんは「ある少女の話」を紹介しました。
少女の家である時、母親が団らんの支度をしていました。母親が作ったごちそうを、父親はぶちまけました。ひどいことをする父親を、少女は嫌いになりました。
少女は大人になり、当時、母親が他の男性と関係を持ち、父親が怒っていたと知りました。大人の事情を知らずに父親を嫌っていた自分を後悔しました。
「きっと、この母親にも事情はあったのでしょう」と池さん。「親しか知らないことがあれば、子どもが親に知らせていないこともあります。悲しい出来事や事件にはいろいろな背景があると知っていただきたいです」
親とはどうあるべきなのでしょうか。池さんによると、最近は「親らしさ」という言葉が注目されているそうです。
「『親らしさ』とは、従来の『母性』『父性』といった性別に基づく役割を超え、親としての特性や姿勢を表す言葉です。性別に関係なく、誰もが持ちうるものですね」
「親らしさ」の特徴の一つに「自己への愛と尊重を土台に、子どもへの関わりを築く力」があります。
「まず、親自身に自分への愛情や慈しみがあり、それが子どもへの愛情や慈しみとなります。自分をいたわれないと、子どもに度量を持って接することはできません。親の皆さんには自分の気持ちを豊かにする時間を大事にしてほしいです」
「親らしさ」は子どもとの触れ合いやパートナーとの協力、社会との関わりの中で少しずつ形づくられていきます。
「欲求」と「阻止」のせめぎ合い…うまくいかないと、不適応となる場合もあります
講演では、子育ての「負担感」について、内閣府の調査が紹介されました。
「子どもを 2 人以上育てるのが理想だけど、予定は 1 人」という夫婦、「3 人以上が理想だけど、予定は 2 人」という夫婦にその理由を尋ねると、1 位は「子育てや教育にお金がかかり過ぎるから」。2 位は「高年齢で産むのは嫌だから」、3 位が「これ以上、育児の心理的、肉体的負担に耐えられないから」でした。
既に子どもがいる夫婦は「子育ての負担感でいっぱいいっぱい」という状況が伺えます。そこで、考えていきたいのが土佐弁の「ぼっちり」。池さんはAIの言葉も紹介しながら、「『ぼっちり』はただの『ちょうど』ではなく、心地よさや納得感を含んだ言葉」と語りました。
「『ぼっちりな子育て』とは心地よい育て。親が心地よい状態で子育てをすることが、一人一人の子どもに合った子育てとなるのではないでしょうか」
一人一人に合った子育てを考える際、押さえておきたいのが「○○したい」という「欲求」と、「○○せねばならない」という「阻止」。人は「欲求と阻止のせめぎ合い」なのだそうです。
青年期では、欲求と阻止のせめぎ合いがうまくいかないと、不適応の状態となる場合もあり、不安、緊張、不満、憎しみ、焦りといった感情が生まれます。
こうした感情を抱いた時に、部活や勉強、趣味といった健全なはけ口がないと、うつ病や自傷行為、心身症などの「自己否定」や、家庭内暴力、いじめ、非行といった「攻撃」につながります。自己否定と攻撃のちょうど中間にあるのが不登校だそうです。
不安、緊張、不満、憎しみ、焦り…ネガティブな感情を否定せず受け止めて
不安、緊張、不満、憎しみ、焦りはネガティブな感情。ともすれば、「思ってはいけない」とされる思いですが、池さんは「まずは受け止めてほしい」と呼びかけました。
講演では、ついつい大人が言ってしまう言葉、使ってしまう表現が紹介されました。
例えば、新しい挑戦に緊張している子どもへの声かけです。


友達とトラブルになった時への声かけも挙げられました。


「親が子どもの感情を否定せずに受け止めると、子どもは『自分を分かってくれようとしている』と感じます。子どもの話を事柄で判断せずに、感情も含めてしっかりと聴く。感情を理解することで、関係性は変わっていきます」
適切な対応例がこちらです。




池さんはカウンセリングをしていて、「この人はこれまで話を聴いてもらえなかったんだな」と感じることがあるそうです。
「こちらも発言したくなりますが、本人の言いたいことを待ち続けます。結果として、本人の成長につながります」
話を聴く時は「うんうん」「そうなんだね」と適度な相づちを入れながら。親子の会話がうまく進んでいない時は「仏頂面、無表情の埴輪顔になっていないか確認してください」とのことでした。
池さんのお話で「自分への愛情や慈しみが、子どもへの愛情や慈しみとなる」という言葉が心に残りました。「ぼっちりな子育て」とは、私たち親が自分の中にあるネガティブな感情を認めることから始まるのかもしれません。
「親らしさ」は一朝一夕には完成しないそうです。「いい親にならなければ」「ちゃんと子育てしなければ」と焦らず、ゆっくり育んでいきたいと思います。
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