医療的ケア児にとっての幸せとは? | 脳性まひで胃ろうを設けた息子を描く「おなかのボタン」作者の平田エミさんが自身の体験を語りました

日常生活を送るために恒久的な医療が必要な子どもは全国に推計 2 万人いるとされ、高知にも約 110 人の子どもとその家族がいます。
そんな「医療的ケア児」と家族への理解を広める市民公開講座が高知市九反田の高知市文化プラザ「かるぽーと」で開かれ、脳性まひで胃ろうを設けた息子を描く絵本「おなかのボタン」の作者・平田エミさんが登壇しました。
平田さんは当初、息子が胃ろう手術を受けることに抵抗感があったそうですが、さまざまな経験から「この子にとって楽しい時間が増えた方がいい」と胃ろうを決めました。息子は体調を崩すことが減り、元気になっていったといいます。
「子どもにとっての幸せ」を親が考え、選択をする大切さを息子と過ごした 11 年の歩みとともに語りました。
ココハレ編集部が取材したのは日本家族看護学会主催の市民公開講座です。「医療的ケアを受けている子どもと家族の未来へつながる選択」をテーマに 2026 年 8 月 30 日(日)、高知市九反田の高知市文化プラザ「かるぽーと」で開かれました。
登壇した「おなかのボタン」の作者・平田エミさんは高知県在住で、絵本作家、保育士として活躍しています。
絵本に描かれる「胃ろう」とは、口から十分に食事を取れない人に対して、腹部に小さな穴を作り、チューブを通して直接胃に栄養を注入する補給法のことです。
平田さんは胃ろうを「おなかのボタン」と表現し、息子の体と向き合いながら母親として感じた戸惑いや葛藤を広く発信しています。
健常児に近づけることが幸せ?
絵本に登場する息子は、2015 年に 3 人きょうだいの末っ子として誕生しました。生まれながらにして呼吸や心拍がとても弱く、すぐにNICU(新生児特定集中治療室)に入りました。
脳のダメージが大きく、医師からは「寝たきりになる可能性も十分ある」「これまでの子育てとは違う」と告げられたそうです。
不安の中にも、病院にいるときは医療に守られた安心感がありました。しかし退院して息子を家に連れ帰ると、今まで近くにいた医師や看護師がいない現実に「頼れる存在や理解してくれる人たちを失った感覚になった」と言います。
ほどなくして鼻から管を通して栄養を入れる経管栄養が始まり、保育園への入所を希望した際には「口から水分や食事を取れなければ…」と認められませんでした。
2021 年に医療的ケア児支援法が施行され、医療を必要とする幼児を受け入れる保育園や幼稚園は増えました。しかし、当時は現在ほど公的支援が進んでいませんでした。
社会から取り残された気持ちになりながらも、平田さんはある考えにたどり着きます。
「障害があるから孤立してしまう。だったら健常児に近づけたい」「周りの子と同じような生活を送ることがこの子にとっての幸せにつながるんだ」
選択したのは、息子を健常児に近づけることでした。
訪問看護の利用や車いすの使用、痰(たん)の吸引など、障害を感じてしまうものはなるべく取り入れないようにしていたそうです。
「楽しい時間を増やす」子どものための選択
そんな平田さんが息子の胃ろうを考えたのは、息子が小学校入学後に食べ物や飲み物が気管に入る誤嚥(ごえん)性肺炎になったのがきっかけでした。
当初は胃ろうについて
「病気や障害の重たさの象徴」「機械的で冷たい」「かわいそう」
などのイメージが強く、「胃ろう=おいしく食べるのを諦めること」だと決断できずにいました。
その思いを特別支援学級の先生に打ち明けると、こんな答えが返ってきました。
「食事の時間が『頑張る時間』から『楽しい時間』に変わるといいよね!」
その言葉を聞いて脳裏に浮かんだのは、全部食べさせなきゃいけないと必至になる私とうまくのみ込めない、痰がしんどいと苦しむ息子。
平田さんは「あの時間は息子にとって楽しい時間ではなかっただろうな」と考えました。
- 「おなかに穴を開けたくないと思っているかも」
- 「でもそれ以上に、おなかいっぱいになるまで口から食べるより、少量でも味わえる方がうれしいかな」
- 「何よりも楽しい雰囲気で食事をしたいと思っているのでは?」
そして最終的に平田さんはこう結論づけたのです。
胃ろうを付けた息子は車イス生活ではあるものの、体調を崩すことも少なくなり、活動の幅も広がったといいます。「元気にパワーアップしていく姿を絵本にしたい」。これが「おなかのボタン」を作ったきっかけでした。
平田さんには今だからわかることがあります。
「健常児に近づけたかったのはこの子のためと思いながら、実は障害がある子を育てる不安から自分自身を守るためだったのだと思います」
「どうすればできるか」を一緒に考えてくれる人の支え
平田さんは「障害児だからできない」と線引きするのではなく、「どうすればできるようになるか」を一緒に考えてくれる存在が必要だと話します。
例えば保育園の運動会では、クラスの友達が「応援団長ならできる!」と提案したことで、息子が運動会に参加できたそうです。
子どもたちが息子をクラスの一員として自然と受け入れてくれて、平田さん自身も救われた思いになりました。
「どうしたらこの子らしく生活していけるか、少しでも笑顔が増えるように一緒になって考えてくれる人たちがいる。そのことがとても大きな支えになりました」と振り返る平田さん。
地域や社会の理解がより深まっていくことで、幸せになるための選択が広がり、笑顔になる子どもたちが増えていくかもしれません。
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