妊娠期、授乳期の乳がんとは?乳腺炎への対応は?|子育て中のお母さんが気を付けたい自覚症状について、乳腺外科医・渡海由貴子さんが語りました
痛みのないしこり、大丈夫?乳腺炎の原因はケーキや焼き肉を食べたから?医師が科学的に解説!
子育て中、特に子どもが乳幼児の時期は忙しく、自分のことは後回しになりがちですね。
子育て中の女性が気を付けたい病気の一つに乳がんがあります。胸の状態が変わる妊娠期、授乳期は見過ごされ、発見が遅れることもあるそうです。
痛みのないしこりや出血など、受診が必要な症状について、長崎県の乳腺外科医・渡海由貴子さんが講演しました。
授乳期に悩まされる乳腺炎についても、医師の視点から科学的に解説しました。乳腺炎にまつわる“都市伝説”も紹介します。
目次
渡海さんの講演は 2023 年 1 月 29 日、オンラインの「第 3 回母乳育児支援を学ぶ四国教室 in 高知」で行われました。主催したのは「高知母乳育児支援を学ぶ会」。母子保健に携わる助産師ら医療従事者が母乳育児支援を学んでいます。
渡海さんは長崎市出身。長崎大学医学部を卒業後、大学病院などで外科医として勤務し、現在は女性のためのクリニック「T・Iクリニック長崎~乳腺外科・婦人科~」で院長を務めています。
乳がんとは?代表的な症状は「しこり」「一つの乳管からの出血」「皮膚が赤くなる」「乳頭がただれる」
講演ではまず、乳がんの発生と成長について紹介されました。
乳房には、乳汁を作る「小葉(しょうよう)」と、乳汁を運ぶ「乳管」があります。
乳がんは乳管や小葉の上皮細胞に発生します。がんが細胞の中にとどまっている間は「非浸潤がん」、細胞を破って周りの血管やリンパ管に入っていくと「浸潤がん」となります。
乳がんのステージは 0 期から 4 期まであり、2~4 期が浸潤がんとなります。「早期がん」と呼ばれるのは 0 期と 1 期です。
乳がんの代表的な症状は次の四つです。
【乳がんの症状】
- しこり…腫瘤(しゅりゅう)のこと。硬く、痛みはありません
- 乳頭からの単孔性分泌…一つの乳管から血液が出ます。授乳の初期には出血がありますが、「一つの乳管(同じ穴)から」というのがポイント
- 皮膚の変化(発赤)…炎症性乳がん。皮膚が赤くなり、浮腫(むくみ)ができます
- 乳頭のただれ…がんの一種で「パジェット病」と呼ばれます
日本人女性の乳がんは40代後半が最多。15~39歳の「AYA世代」にも増えています
「日本人女性が最もかかりやすいがんは乳がんです」と渡海さん。国内で生涯のうちに乳がんになる人は、1990 年は 30 人に 1 人でしたが、2022 年には 9 人に 1 人となりました。
発症率が最も高い世代は 40 代後半。「AYA(あや)世代」と呼ばれる 15~39 歳の若い世代にも乳がんが増えているそうです。
AYA世代の乳がんには「ものすごく進行が早くて手の施しようがない」「特殊な人がかかる」「太って脂肪が多い人がなる」というイメージがありますが、「映画やドラマの影響が大きいですね」。実際には次の特徴があります。
【AYA世代の乳がんの特徴】
- 乳がんの家族歴がある
- BMIが小さい…若い世代では太っている人は少なく、やせている人に多い
「若い人ほど予後が悪い」、つまり「病気が悪くなる可能性が高い」というデータはありますが、「早期に見つかれば、予後は上の世代とあまり変わらない」と渡海さん。0 期、1 期のうちにがんに気付くことが大切ですが、見付けにくいという事情もあります。
「若い世代は『デンス・ブレスト』と言って、乳房内の乳腺の密度が濃く、病変が見付けにくいです。『まさかこんなに若いのにかかるなんて…』など、乳がんへの意識の低さも課題です」
妊娠期、授乳期の乳がんは診断が遅れがち。「自覚症状」を知っておきましょう
妊娠期、授乳期には乳腺組織が発達します。胸が大きく変化するため、診断が極端に遅れる場合もあるそうです。
【妊娠期、授乳期の乳がん診断】
- 胸が大きくなるなどの生理的変化、乳汁うっ滞、乳腺炎などと判断されやすい
- 乳腺組織が発達するので、触診で小さなしこりを発見できない
- がん診断に必要な「針生検」を授乳中に行うと、乳汁が漏れ続ける「難治性乳汁漏」を合併する懸念がある
渡海さんはこれまで治療を担当した患者の経過を紹介しました。幸運にも早期で発見された人もいれば、しこりを自覚していたのに正しく診断されず、発見が遅れた人もいました。
講演では「自覚症状が出たら、迅速に乳腺の専門外来を受診してほしい」と呼び掛け、気を付けたい自覚症状を三つ挙げました。「痛みがない」というのがポイントです。
【妊娠期、授乳期に気を付けたい乳がんの自覚症状】
- 痛みのない腫瘤、硬結、発赤…乳房に、痛みがないしこり、硬くなった部分、色の変化があれば要注意!
- 改善しない腫瘤、硬結、発赤…がんでなければ、症状は改善します。改善しない場合は要注意!
- 単孔性血性乳汁…一つの乳管から出血が続く場合は要注意!
妊娠中、授乳中はマンモグラフィー検査は受けられませんが、エコー検査はOK。痛みのない検査です。
「乳房のセルフチェックは神経質にやらなくてもよくて、お風呂に入った時に手で体を洗うくらいで大丈夫です。普段の胸の状態を知っておき、『いつもと違う』と感じたら、乳腺外科を受診してください」
「遺伝性乳がん」も知っておきましょう
さらに、若い世代が知っておきたい乳がんに「遺伝性乳がん」があります。アンジェリーナ・ジョリーさんが乳房切除術を受けたことで知られるようになりました。次のようなケースが増えているそうです。
遺伝性がんかどうかは、採血検査で分かるようになりました。リスクが高い場合は、乳房を切除したり、妊娠・出産後に卵巣を摘出したりと、「積極的な予防」ができます。乳房切除には、乳房内の乳腺だけを取って再建する「乳房温存手術」もあるそうです。
「遺伝性乳がんでは、検査をちゅうちょする人も多いです。『知りたくない』『娘の結婚に影響が…』という気持ちは分かりますが、遺伝性であると分かれば、積極的に予防できます。知らなくて乳がんになって亡くなった、ということを減らしていきたいと思っています」
授乳期の乳腺炎は、症状が出たらすぐに受診を!
渡海さんは授乳期の乳腺良性疾患についても紹介しました。代表的なのが「授乳期乳腺炎」。悩まされた人も多いのではないでしょうか。
乳腺炎には四つのステージがあります。
【乳腺炎のステージ】
生理的な乳汁うっ滞 | 乳汁が乳腺や乳管内にたまってしまい、起こります。発熱、悪寒、乳房痛を伴います |
炎症を併発するうっ滞性乳腺炎 | 乳汁が乳腺や乳管内にたまり、炎症を起こすと「乳腺炎」になります。発熱、悪寒、乳房痛を伴います |
細菌感染を伴う化膿性乳腺炎 | うっ滞性乳腺炎に細菌感染が起こります。発熱、悪寒、乳房痛に加え、発赤やリンパ節の腫れを伴います。抗生剤で治療します |
乳腺膿瘍(のうよう) | 乳腺に膿瘍(組織の中に膿がたまった状態)ができます。切開手術が必要になります |
乳腺炎は放置しておくと、どんどん進行します。「症状に気付いてから 24 時間以内は『乳汁うっ滞』で済みますが、48 時間以上経過すると、『化膿性乳腺炎』に移行する割合が増えます」
乳汁うっ滞の場合は、乳汁を出すだけで治るそうです。「『どうしよう』と様子見せず、早く受診してくださいね」
ケーキ、焼き肉を食べると乳腺炎になる?乳腺炎に関する都市伝説にエビデンスはありません
授乳期の乳腺炎の発症頻度は 2~33 %。産後 2、3 週から 12 週以内が最も多いですが、「授乳中であればいつでも発症する可能性があります」。
乳腺炎に関しては“都市伝説”が多いそうです。悩まされてきた人が多いことも影響しているのでしょうか。渡海さんが紹介したのがこちら。
【乳腺炎に関する都市伝説】
- ケーキや焼き肉を食べたら駄目
- 腕利きの助産師さんのマッサージが必須
- 乳腺炎になったら授乳はやめるべき
- キャベツやジャガイモを湿布にして貼るとよい
- 乳腺炎になったら、将来乳がんになる…「断乳をしっかりやって乳汁を搾り切らないと乳がんになる」というのもあります
「授乳に関してはこういった都市伝説が本当に多いですし、信じている人も多いです。一部の産院ではこのような指導をされるケースもありますが、どれもエビデンスは全くありません」と渡海さん。
義理のお母さんや近所の女性から言われ、「ケーキを食べたから乳腺炎になった」と自分を責めるお母さんもいるそうです。“都市伝説”として聞き流すといいようです。
講演会を主催した高知母乳育児支援を学ぶ会では、母乳育児がうまくいくために必要な支援を提供する「国際認定ラクテーションコンサルタント(IBCLC)」を中心とした会です。NPO法人「日本ラクテーションコンサルト協会」のウェブサイトには「母乳育児Q&A」などが掲載されています。
ココハレでは授乳の悩みについて紹介しています。