「母乳が足りない」「うまく飲んでもらえない」…授乳の悩みについて助産師さんに聞きました

母乳育児を軌道に乗せるこつは「抱き方」と「含ませ方」。助産師の森木由美子さんに聞きました
7月の「ココハレ広場」で紹介したテーマ「初めての子育てで驚いたこと」には、授乳の体験談も寄せられました。「母乳はみんな出るものだと思っていた」「上手に飲ませられなかった」「吸われるとこんなに痛いとは」…。初めての授乳で困ったり、苦労したりした経験のあるお母さんは少なくないようです。
母乳育児を軌道に乗せるために大切なのが「赤ちゃんの抱き方」と「乳房の含ませ方」です。土佐市を拠点に、家庭訪問をしながら授乳支援を行っている助産師の森木由美子さんに聞きました。
母乳育児の3大悩み 「うまく飲めない」「痛い」「出ない」
授乳について、ココハレには「母乳はすんなり出るものだと思っていましたが、大きな間違いでした」「吸われるのがつらいし、痛い」「あんなに大変だとは誰も教えてくれなかった」などの体験談が寄せられました。「『授乳=幸せ』だと思っていた」「吸われると激痛がして、授乳時間が来るのが怖かった」「軌道に乗るまでに 3 カ月かかり、泣いたことも多々ありました」と苦労を振り返るお母さんもいました。
森木さんによると、産後すぐの授乳に関する悩みで多いのが「赤ちゃんがうまく飲めない、吸い付けない」「吸ってもらえるけれど、乳頭が痛い」「思うように母乳が出ない」。この“母乳育児 3 大悩み”を解決するのが「抱き方」と「含ませ方」です。
抱っこは高さを合わせて、お母さんも赤ちゃんも快適に
まずは抱き方。赤ちゃんに上手に飲んでもらうために大切なのが、お母さんが楽な姿勢でいるかどうか。「何とか飲ませようと、赤ちゃんに覆いかぶさるように前かがみになって授乳しているお母さんが多い」と森木さん。赤ちゃんの体重を腕などで支えるため、「しんどいし、体への負担も大きい」と言います。
授乳時の姿勢は前かがみではなく、「ソファなどにもたれかかり、赤ちゃんに密着して全身で支えるというイメージ」。上手に抱っこするために、四つのポイントを確認するといいそうです。
- 赤ちゃんの耳、肩、腰が一直線でねじれていない
- 赤ちゃんの頭や肩だけでなく、体全体が支えられている
- 赤ちゃんの鼻と乳頭が向き合っている
- 赤ちゃんの体がお母さんの体に密着している
授乳がうまくいかない要因に、「高さが合っていない」ということがあります。お母さんの乳頭と赤ちゃんの口の高さがしっかり合うように抱っこすることで、赤ちゃんは乳房に吸い付きやすくなります。授乳クッションは赤ちゃんとの高さを合わせるためのものですが、お母さんの体格も赤ちゃんの大きさもそれぞれ違うため、ぴったり合うものはなかなかないそう。クッションやタオルを使って高さを調整するといいそうです。

授乳の痛みを「根性で乗り越える」は間違い
正しい抱っこのポジションを見つけたら、次は「含ませ方」。授乳時に乳首がヒリヒリと痛んだり、切れて血が出たりするのは、赤ちゃんが乳房にしっかりと吸い付けず、乳頭だけを吸っていることが原因です。乳輪全体を含ませるイメージで、赤ちゃんが大きく口を開けた時に深く、下あごで乳輪の下の部分をたくさん含めるように吸わせると、しっかりと吸い付けるそう。「飲みやすく心地よい状態で抱かれると、赤ちゃんは自らおっぱいに吸い付く」とのことです。
赤ちゃんの生まれた週数や大きさ、お母さんのおっぱいの形もそれぞれ違うため、「万人に『これがいい』という方法はない」と森木さん。赤ちゃんが大きくなることによって上手に飲めるようになるなど、授乳が安定するまでには時間がかかることもあります。とはいえ、「授乳の痛みは根性で乗り越えるものではありません」。「乳首が切れたら我慢する」ではなく、「乳首が切れないような含ませ方をする」ことが大事だそうです。

授乳は「赤ちゃん主導」で、欲しがるたびに飲ませましょう
「産後、思うように母乳が出ない」というのも切実な悩みです。産後早期に母乳の量を増やすには、「赤ちゃんが欲しがるたびに飲ませる『頻回授乳』です」と森木さん。「バランスの取れた食事をしっかり取ることも大切」と話します。
ちなみに、インターネットや書籍などには「母乳に適した食べ物、飲み物」といった情報がたくさんありますが、「特定の食べ物や飲み物を摂取すれば母乳の分泌量が増える」ということも、「乳製品や脂肪分の多い食事を取ると、乳腺炎になる」ということも科学的には証明されていません。
そもそも母乳は、赤ちゃんに必要な分だけ生産される仕組みになっています。赤ちゃんにおっぱいを吸われる刺激によって、母乳をつくるホルモンが分泌され、母乳の量が増えていきます。赤ちゃんが欲しがるたびに飲ませることで必要な量の母乳が生産され、この過程を繰り返すことで、産後 3 カ月ほどたつと母乳の量が安定します。
母乳の研究が進み、推奨される授乳のタイミングも変わってきています。以前は「3 時間おきに飲ませる」などの「定時授乳」が勧められていました。近年では「泣くたびにのませるのがいい」とされ、これが「赤ちゃんがおっぱいを欲しがるタイミング」と言われてきました。最近ではさらに研究が進み、赤ちゃんがおなかをすかせて泣く前に、つまりまだ眠っている時にむずむず動く、手で顔をこすり始めるといった「おっぱいを欲しがるサイン」をキャッチして飲ませる「サイン授乳」が母乳育児にいいとされているそうです。
「疾患などの特殊なケースを除けば、妊娠した女性は母乳をつくる能力を持っている」と森木さん。その能力を発揮するためには、出産後、できるだけ早くから赤ちゃんに頻繁に吸ってもらうことが大事ですが、お産ができる病院や診療所には、入院中に赤ちゃんと一緒に過ごす「母子同室」や、別々で過ごす「母子別室」など、さまざまなスタイルがあります。出産後すぐに授乳ができなかったり、赤ちゃんと離れたりしていた場合は、思うように母乳の量が増えないかもしれません。
最初はミルクを利用しながら、母乳で育てていこうとしているお母さんもいると思います。ミルクを足している場合、森木さんは「母乳の生産を妨げずに赤ちゃんの体重を増やしていける量」を検討しています。「母乳育児が軌道に乗るまでには誰もが不安になるものです。一人で頑張り過ぎず、できるところからでいいので、赤ちゃんとのスキンシップを増やし、赤ちゃんが欲しがるたびに母乳をあげてみてください」。家族や母乳外来、助産所、市町村の相談窓口など、「周囲の力を借りる」ことも大切です。

「完全母乳」という言葉にとらわれないで
授乳時のトラブルに加えて、お母さんたちを悩ませる原因の一つが「完全母乳」という言葉。森木さんは「『完全』にとらわれないで」とお母さんたちに伝えています。
「完全母乳」とはミルクなどを一切使わずに母乳だけで育てていることを指します。ミルクを足している場合は「混合栄養」、ミルクのみの場合は「人工栄養」や「完全ミルク」と呼ばれています。赤ちゃんの栄養摂取状況を確認したり、研究で比較したりするための専門用語ですが、「完全」という言葉から、「母乳育児はパーフェクトでないといけない」「ミルクを足すと、不完全だ」ととらえるお母さんがいます。「授乳の状態を尋ねると、『混合なんで…』『ミルクなんで…』と申し訳なさそうに答えるお母さんがいます」と森木さんも話します。
母乳育児には「こうでなければならない」というルールはありません。「授乳は赤ちゃんとの日々の暮らしの営みの中の一つの出来事ですので、『完璧にしなくてはならない』というものではありません。ミルクを足していても、ほんの少ししかあげられなくても、母乳を飲ませていれば母乳育児ですし、赤ちゃんの体を守ることになります」「医学的な理由などからミルクで育てる選択したとしても、赤ちゃんのためにやっていると自分を褒め、胸を張ってほしいです」
「母乳で育てたい」と希望するお母さんたちが母乳育児を続けられるようにするには、専門家による適切な情報と支援が必要です。加えて、「お母さんへの声掛けにも配慮を」と森木さんは訴えます。
「赤ちゃんを連れていると、見知らぬ人から『母乳かね?』と聞かれたという話をお母さんからよく聞きます。悪気はなく、コミュニケーションの一環での声掛けだと思うのですが、傷つくお母さんもいます。母乳の話は本来、気軽に聞くべきではない、とてもプライベートなことです。赤ちゃん連れの親子を見掛けた時は『赤ちゃん、かわいいね』『お母さん、頑張りゆうね』と声を掛けてあげてください」

森木さんは土佐市の助産院「はぐはぐ」を拠点に、訪問型の育児支援や産前産後ケアを行っています。母乳育児や、抱っこやおんぶの仕方、沐浴(もくよく)支援など、メニューごとに料金が異なります。相談したい場合は「助産院はぐはぐ」に問い合わせをしてください。
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