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「みんなと同じでなくていい」「できないのも個性」…決めるのは子ども自身です|認知機能強化トレーニング「コグトレ」とは?「ケーキの切れない非行少年たち」の著者・宮口幸治さんが語りました

「みんなと同じでなくていい」「できないのも個性」…決めるのは子ども自身です|認知機能強化トレーニング「コグトレ」とは?「ケーキの切れない非行少年たち」の著者・宮口幸治さんが語りました

「ケーキの切れない非行少年たち」という本を知っていますか?

2019 年に刊行された新書で、ホールケーキに見立てた円を同じ大きさに分けられない子どもがいることに、世間が衝撃を受けました。

この本の著者で、児童精神科医の宮口幸治さんの講演会が高知市内で開かれました。

宮口さんは「ケーキの切れない非行少年たち」の背景に、見る力や聞く力など「認知機能」の弱さがあると考え、認知機能強化トレーニング「コグトレ」の普及に取り組んでいます。

認知機能の弱さを抱えている子どもは通常学級にもいると言われています。「みんなと同じでなくていい」「できないのも個性」と考え、子どものしんどさに気づかない現在の風潮に警鐘を鳴らす宮口さん。子育てで心がけたいことを紹介します。

 

宮口さんの講演会は高知健康科学大学(高知市大津乙)の開学を記念し、2025 年 2 月 9 日に開かれました。

高知健康科学大学の開学記念講演会として開かれました
高知健康科学大学の開学記念講演会として開かれました

宮口さんは神戸大学医学部附属病院、大阪府精神医療センターなどを経て、宮川医療少年院(三重県)へ。非行少年たちへの関わりを通して執筆したのが「ケーキの切れない非行少年たち」(新潮新書)です。

2019年に刊行された「ケーキの切れない非行少年たち」はベストセラーとなりました
2019年に刊行された「ケーキの切れない非行少年たち」はベストセラーとなりました

現在は立命館大学教授を務め、困っている子どもたちの支援を教育、医療、心理、福祉の観点で行う「日本COG-TR学会」を主宰。全国で研修を行っています。

「日本COG-TR学会」のウェブサイトはこちら

図形の模写で気づいた「世界がゆがんで見えている子どもたち」の存在

宮口さんの講演は、医療少年院の紹介から始まりました。

医療少年院とは、心身に著しい障害のある少年を受け入れる施設です。

宮口さんが病院から医療少年院へと職場を変えたのは「病院は待っている所」と気づいたのがきっかけでした。

「精神科を受診する子どもは何らかの課題を抱えていて、周囲の大人が気づいて連れてくる。『じゃあ、気づかれない子どもはどうなるのか』『加害者として逮捕される少年たちに医療は関わっていない』と知りました」

「病院は待っている所」と気づき、医療少年院へと職場を変えました
「病院は待っている所」と気づき、医療少年院へと職場を変えました

医療少年院に勤め始めた頃、「ある少年の診察を頼まれました。「ちょっとしたことで大暴れして、手の付けられない少年」と聞いていましたが、おとなしい印象でした。

宮口さんは少年に、「Rey複雑図形」の模写をやらせてみました。四角形や三角形、丸や線などが組み合わさった図形を見ながら、手元の紙に描き写す課題です。

少年が描いた図は見て、宮口さんはショックを受けました。形そのものも全く異なり、四角形や三角形の組み合わせもばらばら。模写をしたとは考えられませんでした。

「『これを見ながら描いて、どうしてこうなるんだ?』と。彼らにはこの世界がゆがんで見えているのではないかと初めて気づきました」

ものを見る力がこれだけ弱いと、聞く力もかなり弱いのではないか。これが彼の非行の原因の一つなのではないか。

「少年院では『非行の反省をしなさい』『被害者の気持ちを考えなさい』と教育します。世界がそもそもがゆがんで見えているのなら、私たちがいくら頑張っても、少年たちは違う方向に行くのではと感じました」

「足し算や引き算ができない」「漢字が読めない」…気づかれない「境界知能」の子どもたち

医療少年院でたくさんの非行少年に関わった宮口さん。「簡単な足し算や引き算ができない」「漢字が読めない」「短い文章すら復唱できない」という少年が多かったことから、「境界知能」にも注目しました。

「知的障害(知的発達症)」はIQ(知能指数) 70 が目安です。同年齢の約 2 %に存在し、割合は「クラスに 1 人」ほどとされています。

「境界知能」はIQが 70~85 で約 14 %に存在し、割合は「クラスに 5 人」ほど。以前は知的障害に含まれていましたが、診断基準が変わり、「知的障害」とは診断されなくなりました。

「境界知能の子どもたちは知的障害でも発達障害でもないので、支援は受けられず、通常学級にいます。しんどい子どもたちなのに認識されず、忘れられているんです」

非行少年たちへの関わりから「境界知能」に注目しました
非行少年たちへの関わりから「境界知能」に注目しました

宮口さんは「困っている子ども」に共通する特徴として、「5 点セット+ 1」をまとめました。

  • 認知機能の弱さ…見たり聞いたり想像する力が弱い
  • 感情統制の弱さ
  • 融通の利かなさ…何でも思いつきでやってしまう、予想外のことに弱い
  • 不適切な自己評価…自分の問題点が分からない
  • 対人スキルの乏しさ
  • +1 身体的不器用さ…力加減ができない

 

「5 点セット+1」の特徴を理解するため、講演では問題が出されました。

5 個のリンゴを 3 人で平等に分けるにはどうしますか?

 

ぱっと思いつくのが「リンゴを一つずつ 3 等分して 15 個にして、3 人で 5 個ずつ分ける」ですが、切る手間を考えると、「まずリンゴを 1 個ずつ分けて、残りの 2 個を 3 人で分ける」が現実的です。

違った角度から、「5 個のリンゴを全部ジューサーにかけて 3 等分する」と答える人もいるそうです。

医療少年院では、簡単な計算問題をさせた後に、リンゴの問題を出しました。すると、こんな答えが返ってきたそうです。

先生、これは算数の問題ですね。5÷3 なので割り切れません。

 

「計算問題だと捉えて、その発想から抜け出せないんですね。柔軟に融通を利かせて考えられないと、対人関係はしんどいだろうと思います」

ケーキを 3 等分する課題では、まず縦半分に分けた少年の絵が広く知られました。

「非行少年が“三等分”したケーキの図」は新書のカバーにも掲載されています
「非行少年が“三等分”したケーキの図」は新書のカバーにも掲載されています

「人は認知し、計画を立てて実行し、結果を得ます。認知機能は全ての行動の基盤となります。こういう切り方しかできない少年が、後先を考えて行動できるでしょうか」

「『お金が欲しい』という時、『バイトをしてお金をためる』ではなく、簡単に『盗む』という選択をしてしまう。先のことを想像する力をつけないと、再犯につながります」

学習の土台はできてる?「コグトレ」で認知機能の課題を見つけ、補っています

困っている子どもの特徴である「5 点セット+ 1」に対応するため、考案したのが「コグトレ」です。「学習面への支援」「社会面への支援」「身体面への支援」の三つを柱としています。

「見る力をつけよう」という課題では 10 枚前後のイラストの中から同じ絵を 2 枚探してチェックしたり、「集中力をつけよう」という課題では条件に合ったイラストにチェックを付けたり。

「この人はどんな気持ち?」では、人のイラストから表情を読み取り、気持ちを想像します。

当初は非行少年に向けて考案されました。その後、「学校でも取り組みたい」という声に応え、朝の会などを利用してできる「1 日 5 分!教室で使えるコグトレ 困っている子どもを支援する認知トレーニング 122」(東洋館出版社)も刊行されました。

コグトレは小中学校でも取り入れられています
コグトレは小中学校でも取り入れられています

「境界知能の子どもたちは学校にもたくさんいますが、今の学校教育はいろいろ抜けています」と宮口さん。「学校では教科学習が行われますが、学習の土台はできているでしょうか。道徳や総合学習だけで社会性が身につくでしょうか」

学習面では、例えば漢字には「とめ・はね・はらい」があり、形も複雑です。

「小学校で習う漢字を見てみてください。『小学 2 年生でこの漢字?』と驚きませんか?2 年生の漢字は 2 年生で覚えないと、3 年生以降の教科書が読めなくなります」

物の形を正しく認識できない、数の感覚が身についていない、人の話を注意して聞けない…。認知機能の問題に気づかないと、学習不振につながります。

コグトレは「困っている子どもたち」への支援です
コグトレは「困っている子どもたち」への支援です

宮口さんは「コグトレは認知機能を上げることが目的ではなく、その子の弱いところを見つけて強化するもの」と説明しました。

「特別なトレーニングをしているわけではありませんし、コグトレだけでは成績は上がりません。困っている子どもたちに見る力、聞く力、想像する力をつけていく。学習の土台をつくり、勉強は学校の先生にしっかり教えていただきたいです」

「できないことを悔しがるように」…大人の思いと子どもの思いは違います

講演では関西の小学校で取り組まれているコグトレの様子も紹介されました。平仮名が覚えられない子どもがコグトレを続け、通常学級で学べるようになりました。

子どもからは「できることが増えた」、保護者からは「子どもが自分で考えるようになった」「人の話が聞けるようになった」という感想が寄せられました。

保護者からは「子どもが、自分ができないことに対して悔しがるようになった」という声も寄せられました。宮口さんは「これは子育ての一つの側面ではないか」と考えています。

「平仮名が書けない子どもに『できなくていいよ』『できないのも個性だよ』と言えますか?子どもにとっては、平仮名は書けるようになった方が絶対にいい。伸びる可能性があるなら、トレーニングをやらせてあげたい」

「できていない状態で『いいよ』『個性があるよ』と言えますか?」
「できていない状態で『いいよ』『個性があるよ』と言えますか?」

「大人の思いと子どもの思いは違う」というのも、子育て中の親が心がけておきたいポイントです。

「大人は『みんなと同じでなくていい』と言いますが、『できなくてもいい』と決めていいのは本人だけです」

「『できないのも個性』と大人たちが決めて何も支援をしなければ、被害を受けるのは子どもたちです。その子自身がどう思っているかを大事にしてあげてください」

この記事の著者

門田朋三

門田朋三

小 3 と年長児の娘がいます。「仲良し」と「けんか」の繰り返しで毎日にぎやかです。あだなは「ともぞう」。1978年生まれ。

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