今どきの性教育ってどんな感じ?「包括的性教育」とは?|国立病院機構高知病院・滝川稚也さんが語りました
親も知っておきたい「包括的性教育」。わが子が性被害に遭った際の対応は。「にんしんSOS高知みそのらんぷ」のセミナーから紹介します
最近の性教育について調べると、「包括的性教育」という言葉に行き当たります。私たち親世代が子どもの頃にはなかった考え方です。
そんな「いまどきの性教育」を考える「にんしんSOS高知みそのらんぷセミナー」が開かれました。登壇したのは国立病院機構高知病院の産婦人科医長・滝川稚也さん。学校などでの性教育に力を入れています。
滝川さんによると、最近の性教育は「多様性を認める」「科学的に正しいことを伝え、子どもたちを守る」「子どもたちの幸せを最優先にする」などがポイント。性教育の世界的な指針である「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」をひもときながら、解説しました。
予期せぬ妊娠を防ぐ方法や、わが子が性被害に遭った場合に親が知っておきたい知識も紹介します。
目次
「にんしんSOS高知みそのらんぷ」のセミナー「いまどきの性教育~みんなが知っておきたい包括的性教育の再確認~」は 2023 年 9 月 10 日、高知市知寄町 2 丁目のちより街テラスで開かれました。
講師の滝川稚也さんは土佐高校、徳島大学医学部を卒業。2013 年から国立病院機構高知病院に勤めています。
性教育に力を入れ、高知市小津町にある「高知県思春期相談センターPRINK(プリンク)」では思春期相談を担当しています。高知県内のDV被害者支援、犯罪被害者支援などにも携わっています。
著書に「実践 生徒を眠らせない性教育授業」(メディカルレビュー社)などがあります。
これも性教育?!DV、LGBTQ、インターネットリテラシー
滝川さんの講演は「性教育は変化している」という話から始まりました。私たち親世代が受けた教育といえば、月経の話や性感染症の話などですが、「今はDV、LGBTQ、インターネットリテラシーなども教える時代です」。
今どきの性教育の指針となっているのが「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」です。ユネスコなどがまとめ、2009 年に発表しました。
ガイダンスで紹介されているのが「包括的性教育」です。子どもや若者に次のような知識やスキル、態度、価値観を身につけさせることを目的としています。
【包括的性教育が目指す知識、スキル、態度、価値観】
- 子どもたちの健康とウェルビーイング(幸福)、尊厳を実現すること
- 尊重された社会的、性的関係を育てること
- 子どもたちが自分で行った選択が、自分自身と他者のウェルビーイングにどう影響するかを考えること
- 子どもたちが生涯を通じて、自分たちの権利を守ることを理解し、確かなものにすること
包括的性教育を進めるため、八つのキーコンセプトが設定されています。
【国際セクシュアリティ教育ガイダンス・八つのキーコンセプト】
- 人間関係
- 価値観、人権、文化、セクシュアリティ
- ジェンダーの理解
- 暴力と安全確保
- 健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル
- 人間のからだと発達
- セクシュアリティと性的行動
- 性と生殖に関する健康
キーコンセプトにはさらに、トピックが設定されています。例えば、「人間関係」では「家族、友情、愛情、恋愛関係」などのトピックがあり、年齢・成長に合わせて、科学的に正確に伝えていきます。
月経や性感染症といった従来の性教育の項目だけでなく、人間関係やジェンダー、健康や幸福などより広く教えていくため、「包括的性教育」と呼ばれています。
包括的性教育は海外から入ってきた指針です。「日本にとっては外圧、となるでしょうか」と滝川さん。
「日本の性教育は遅れている」と指摘されますが、「キーコンセプトを冷静に見てみると、日本の古典的な性教育で教えてきた項目はあるし、『人間関係』『ジェンダーの理解』『暴力と安全の確保』などは最近、学校で教えています」。「意外と、日本も頑張っている」とのこと。
「包括的性教育は、それぞれの国の多様性を認めた上で、子どもたちに科学的に正しいことを伝え、自分の体を守る気付きを与えていくものです。ガイダンスは標準的な言葉で、みんなが分かるように書かれています」
5歳で生殖のプロセスを教える?!包括的性教育を深掘りしました
包括的性教育では、具体的にどんな内容を教えていくのでしょうか。「ちょっと深掘りしてみましょうか」と滝川さん。
講演で取り上げたのは、六つ目のキーコンセプト「人間とからだの発達」に設定されたトピック「生殖」です。学習目標(抜粋)がこちら。
【 5~8歳】
- 生殖のプロセス、特に精子と卵子が結合し、それが子宮に着床して初めて妊娠が始まることを説明する
- 妊娠中の女性のからだがたどる変化を説明する
- 妊娠中の女性のからだがたどる変化についてどう感じるかを表現する
「 5 歳児にこの内容を?」と驚きます。滝川さんは「大人がちゃんと説明できるでしょうか」。
【 9~12歳】
- 生殖のために必要な段階を列挙する
- ペニスが膣内で射精する性交の結果で妊娠が起こることを再認識する
- 最も妊娠しやすい時期を含め、月経周期について説明する
- 月経周期の働きについてポジティブに認識する
- 健康的な妊娠と出産の促進を可能にするステップを的確に認識する
- 妊娠を確認する入手可能な検査方法を説明する
9~12 歳の段階で「性交の結果で妊娠が起こることを再認識する」とあります。ということは、5~8 歳の段階で一度教えているんですね。
「 9~12 歳は女子が実際に初潮を迎える頃です。初潮を迎えたら妊娠の可能性がゼロではないことを、リアリズムをもって教えます」
【 12~15 歳】
- 妊娠は計画的にすることも、防ぐこともできると再認識する
- 生殖機能と性的感情には違いがあることを理解する
言葉は少し抽象的ですが、子どもをつくるという生殖の機能だけでなく、性的感情や欲求にも触れていきます。意図しない妊娠の防ぎ方も学びます。
【 15~18 歳以上】
- 妊娠したいが不妊を経験している人のための選択肢を列挙する
- 妊娠したいが不妊を経験している人に対する共感をはっきりと示す
「『結婚したら普通に子どもができると思っていた』という人は多いです」と滝川さん。命を産み出す大変さとともに、将来に向けて不妊治療の選択肢や、不妊を経験した人への共感なども教えていきます。
「発達段階ごとの学習目標を読むと、書いてあることは一緒です。子どもの理解の程度、興味の程度に合わせて内容が深くなっていきます。包括的性教育はとてもよく考えられた教育方法なんです」
性について学校でどこまで教えていいの?「はどめ規定」とは
「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」には、5~8 歳から生殖を教えると明記されています。
一方で、日本には「学習指導要領」があります。学校では、学習指導要領に定められた内容を教えなくてはなりません。
性教育に関係する箇所では、次のように定められています。
- 妊娠や出産が可能となるような成熟が始まるという観点から、受精・妊娠を取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わないものとする(中学 1 年の保健体育)
これが小学校、中学校では「『性交』を扱えない」と捉えられる根拠になっていて、「はどめ規定」と呼ばれています。
「はどめ規定は『教えてはならない』というものではありません」と滝川さん。「学校が『必要だ』と判断したら教えられるのですが、保護者や地域の理解を得るなどハードルは高いですし、判断する先生たちの負担にもなります」
はどめ規定もあり、高知県内で性教育に取り組む医師や助産師の皆さんは、授業前に行う学校との打ち合わせを大事にしています。「私は校長先生に『どこまでしゃべっていいですか?』と具体的に確認しています」
はどめ規定に関連して、滝川さんは東京都立七生養護学校(現在は七生特別支援学校)で起きたことを紹介しました。2003 年、知的障害のある生徒たちに行われていた性教育を、都議らが「世間の常識とかけ離れている」と批判し、関わっていた校長らが処分されました。裁判にもなった事件です。
「知的障害のある生徒たちは、性について言葉でイメージしたり、理解したりすることが難しいんです。思春期を迎えて体や心の変化に戸惑ったり、校内で性的なトラブルも起きていたので、先生たちは性器の洗い方や月経、精通、避妊方法、気持ちの変化などを人形を使って具体的に教えました。その人形だけを見た人がセンセーショナルに取り上げました」
議論は授業内容の是非から、性教育バッシングへと発展しました。「こうなると、子どもそっちのけです。性教育で最優先してほしいのは、児童・生徒の幸せです」
「小中学校では性交を扱えない」と捉えられるはどめ規定ですが、「知っていて予防できることもある」と滝川さんは語ります。
講演で紹介したのが、朝日新聞が行ったアンケート。はどめ規定の是非について教育委員会に聞いたもので、高知県教育委員会は「はどめ規定はなくした方がいい」と回答しました。
「はどめ規定を『なくした方がいい』という回答は、高知県教委を含めて 3 教委だけでした。高知県は性教育を頑張っているということを、ぜひ知ってください」
わが子がもし性被害に遭ったら…「性暴力被害者サポートセンターこうち」とは
日本では 2023 年度から「生命(いのち)の安全教育」が始まりました。小学 1 年生から発達段階に合わせて、「プライベートゾーン」やSNSの注意点などが教えられています。
高知県内の犯罪被害者支援に携わる滝川さんは、性被害に遭った場合の対応についても紹介しました。
高知県内で被害者支援を担うのが「性暴力被害者サポートセンターこうち」です。「CORAL CALL(コーラル・コール)」という無料の相談窓口を設けています。
「国は、性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターを各都道府県に置くことを進めています。高知県は東西に長いので、一つの建物にというのが難しかった。東部はあき総合病院、西部は幡多けんみん病院、さらに協力医療機関をつくることで、高知県の取り組みは『建物はないけれど、ワンストップセンターだ』と認められました」
性暴力被害者サポートセンターこうちに相談すれば、産婦人科や泌尿器科の受診、警察への届け出、法律相談などへの支援が受けられます。
性被害に遭った際、体と心の総合ケアを受けられます。病院、警察、裁判所などへの付き添いや、医療費の助成を受けられる場合があります。専門的な研修を受けた相談員・支援員が対応します。
- 相談電話「CORAL CALL(コーラル・コール)」…フリーダイヤル 0120-835-350。24 時間対応です。月~土曜 9:00~17:00 は性暴力被害者サポートセンターこうちの支援員が対応します。秘密は守られます。
避妊に失敗したり、性犯罪に巻き込まれた際は、緊急避妊薬(アフターピル)を 72 時間以内に服用すると、高い確率で妊娠を防ぐことができます。
緊急避妊薬は一定の要件を満たす薬局に限定した形で、医師の処方箋なしでの販売が試験的に行われています。滝川さんは「薬局で買えますが、産婦人科を受診さえすれば処方されるということを知っておいてください」と呼び掛けました。
性教育はなぜ必要?「知らなかった」で生まれる犯罪や悲劇を防ぐために
性教育の必要性について、滝川さんは高知県内で起きた二つの事件を挙げました。
一つ目は「不同意性交罪」が高知県内で初適用された事件です。
刑法が改正され、性的行為について意思決定できるとみなす「性交同意年齢」が 13 歳から 16 歳に引き上げられました。13~15 歳の場合は、5 歳以上年上なら相手を処罰すると定められています。
「逮捕された男性は『法律を知らなかった』と話したそうですが、法律なので『知らなかった』は通りません。ちゃんと知ってたら、被害も加害も予防できますよね」
この事件では、被害者の家族が異変を察知しました。「子どもの様子を親がよく見ておく大切さも分かる事件です」
もう一つは、須崎市で 2020 年に起きた乳児の死体遺棄事件。逮捕された母親は小学生の頃から適切な養育がなされず、妊娠を誰にも相談できなかったことが分かりました。
「事件当時、『なぜ相談してくれなかったのか』と悩みました。性教育に長く携わってきましたが、必要な人に必要な情報が発信できていなかったのではないか。学校に通わない子、通えない子もいる中で、予期せぬ妊娠を予防するための情報発信が必要です」
今は子どもたちの間で、性に関する情報格差が広がっているそうです。
「同じ高校 1 年生で『セックスに飽きた』という子もいれば、性交渉について全く知らないという子もいます。大人たちが発信しないといけない情報は山のようにあります。子どもたちの幸せを最優先に、『この子たちを守るんだ』という意識で頑張っていきましょう」
セミナーを主催した「にんしんSOS高知 みそのらんぷ」は、思いがけなく妊娠し、戸惑い、悩んでいる人に向けた相談窓口です。乳児院の高知聖園(みその)ベビーホーム(高知市新本町 1 丁目)が運営し、電話とメールで相談に対応しています。
- 運営:社会福祉法人みその児童福祉会 高知聖園ベビーホーム(高知県高知市新本町 1 丁目 7-30 )
- 電話:0120-620-331(毎日 8:30~20:00 )
- メール:misonolampsos@gaea.ocn.ne.jp( 24 時間以内に返信します)
- 無料で相談できます
- 匿名でも大丈夫です
高知県が運営する思春期相談センター「PRINK(プリンク)」は、性の悩みに関する相談機関です。中高生の利用が多いですが、保護者からの相談にも対応しています。
性教育についての本や胎児の大きさが分かる人形などのグッズがあり、親子でも利用できます。滝川さんが思春期相談を担当しています。
- 住所:高知県高知市小津町 6-4 県立塩見記念青少年プラザ 4F
- 開設日:月~土曜日(水曜日はプラザが休館なので電話相談のみ。祝日・年末年始は休みです)
- 開設時間:13:00~19:00(土曜日は 17:00 まで)
- 思春期相談:088-873-0022(月~土曜日 13:00~18:30)
- 妊娠の不安や女性の身体に関する相談:088-824-1221(月~金曜日 13:00~18:30)