「男の子だから我慢しなさい」「男なら負けるな」の声掛けは大丈夫?|「男尊女卑依存症社会」の著者・斉藤章佳さんが「男性の生きづらさ」「男らしさの病」について語りました
「男らしさの病」にとらわれないために、男の子はどう育てたらいい?ソーレのDV防止啓発講演会から紹介します
「有害な男らしさ」という言葉を聞いたことがありますか?「男性は強くあるべきだ」「男性は泣いてはいけない」などの意識や考え方が、時に性差別や暴力につながると指摘されています。
精神保健福祉士で社会福祉士の斉藤章佳さんは、依存症患者や性犯罪者の加害者臨床に長年携わる中で、「男らしさの病」にとらわれる男性たちに向き合い、どういう人たちが加害に至るのかを分析してきました。
「男の子だから我慢しなさい!」「男なら負けるな、頑張れ!」といった無自覚な声掛けが男性の生きづらさを生みだしていると、斉藤さんは語ります。
男の子の育て方のヒントにもなる斉藤さんの講演を、こうち男女共同参画センター「ソーレ」で開かれたDV防止啓発講演会から紹介します。
目次
DV防止啓発講演会は 2023 年 11 月 18 日、高知市旭町 3 丁目のソーレで開かれました。香南市ののいちふれあいセンターでもライブ配信されました。
講師の斉藤章佳さんは、大船榎本クリニック(神奈川県鎌倉市)の精神保健福祉部長。精神保健福祉士、社会福祉士として、アルコール依存症を中心に、ギャンブル、薬物、摂食障害、性犯罪、DV、クレプトマニア(窃盗症)など、さまざまな依存症問題に横断的に関わってきました。
最新刊の「男尊女卑依存症社会」(亜紀書房)をはじめ、「男が痴漢になる理由」(イースト・プレス)、「小児性愛という病 ―それは、愛ではない」(ブックマン社)、「盗撮をやめられない男たち」(扶桑社)など、たくさんの著書があり、メディアにもたびたび登場しています。
痴漢を繰り返す人に多いのは「四大卒、妻子のいるサラリーマン」
斉藤さんの専門は「加害者臨床」。ちょっと聞き慣れない言葉です。
加害者臨床は「加害者ケア」や「加害者支援」とは異なり、加害者の行動変容を目指すプログラムです。
「加害者は支援やケアされる存在ではなく、被害者に責任を取るべき存在。彼らが加害に向き合い、責任を取れるようにすることが加害者臨床の役割です」
斉藤さんはこれまで、2500 人以上の性犯罪者の再犯防止プログラムに関わってきました。特に痴漢加害者は「日本で一番、対象者の話を聞いてきた」そうです。
どういう人が痴漢を繰り返すのでしょうか。加害者の属性を分析した斉藤さんは、こう語りました。
何か特別な属性がありそうですが、実際はとても「普通」。これは痴漢に限らず、盗撮や小児性加害者、DV加害者などにも当てはまるそうです。
「社会的地位が比較的高い人が多いです。私も四大卒で家族がいるサラリーマンなので、加害経験者と話していると、『目の前にいる人と私は何が違うのか』と考えさせられます」
では、なぜ彼らは痴漢を行うのでしょうか。理由は「傷ついた自尊感情を回復させるため」「承認欲求を満たすため」。斉藤さんは次のように説明しました。
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自分より弱い者をいじることで優越感を感じたい…電車の中で、抵抗しなさそうな女子児童、女子生徒に痴漢を行う
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受け入れられたと誤認し、承認欲求が満たされ、傷ついた自尊感情が回復する
この「自分より弱い者を支配することで、自らの自尊感情を回復させる」という心理はDVや性加害にも共通するそうです。
そもそも、「男性・女性に限らず、人間は『加害者性』を持っています」と斉藤さん。自身は 3 児の父で、子育てをしていると、加害者性を感じるそう。
「わが子はかわいい。でも、どんなにかわいくても、長時間ワンオペ育児で 3 人を見ていたら、怒りで手が出そうになります。自らの加害者性をコントロールしながら子どもと向き合うのは、誰にとっても難しいですよね」
他者や自分自身の中で対話(セルフトーク)しながら、自分の中の加害者性をうまくコントロールしていくのが「成熟した大人」で、多くの人はそうやって生活しています。
盗撮はなぜ駄目?「無断で他者を撮影するのは暴力」と子どもに教えましょう
「性犯罪をなくしたい」と取り組んできた人たちにとって、「2023 年は激動の 1 年だった」と斉藤さんは語ります。
特に大きかったのが 7 月の刑法改正。「不同意性交等罪」が新たにつくられ、性的行為について意思決定できるとみなす「性交同意年齢」も 13 歳から 16 歳に引き上げられるなど、話題になりました。
斉藤さんが講演で取り上げたのが盗撮の罪。「性的姿態撮影等罪」と呼ばれます。
盗撮加害者の中には、中学生、高校生、大学生もいます。斉藤さんがある高校の男子生徒Aの事例を紹介しました。
Aは学校で同級生に盗撮を頼まれました。同級生はスクールカーストの上位にいる男子生徒で、Aは「断ると、いじめのターゲットにされるかも」と直感的に感じました。
Aはスマホである女子生徒の後ろ姿を盗撮し、LINEで同級生に画像を送りました。盗撮画像はLINEグループで拡散され、生徒はスクールカースト上位の男子生徒たちから「すごい」「勇気がある」「男だね」と称賛されました。
その後、盗撮はエスカレート。Aは「LINEで『すごい』と言われ、男として認められた感じがした」と語りました。
中高生もスマホを持ち、SNSで簡単に発信できるようになった今、「盗撮がなぜ性犯罪なのか」を子どもたちに教えないといけません。
斉藤さんは「盗撮は、被害者から安全の感覚と自尊心を奪う」と説明しました。
「盗撮被害に遭い、エスカレーターや階段が怖くなった女性や、大好きだったスカートをはけなくなった女性、『無断で撮られる私には価値がない』と考える被害者もいます。他者を無断で撮影することの暴力性を誰も教えてくれない。性的同意と一緒で、撮影する時も相手の同意が必要だと、子どもたちに教えてください」
負けたら男として認められない?「男らしさ」の裏にある恐怖
盗撮を繰り返した男子生徒の事例で斉藤さんが驚いたのは、「LINEで『すごい』と言われ、男として認められた感じがした」という発言です。
「権力や権限を持った男性から承認されることに価値を見いだすという、ホモソーシャル(男の絆)な世界ですね。このような絆は、女性をモノ化することで強化されます。今回はそれが盗撮した画像です」
「『男らしさ』に過剰に適応しないと生きづらいと、子どもたちもどこかで分かっている。大人の社会と同じで、脈々と世代間連鎖しているんだと感じます」
男性の生きづらさにつながる価値観に「男だろ」「男なら勝て」もあります。箱根駅伝で、ある監督が選手に「男だろ!」とげきを飛ばしたことで議論を呼びました。
斉藤さん自身もスポーツを経験し、「男は気合と根性の世界」で長年生きてきたそう。
「男は『男だろ』と言われたら、何か得体(えたい)の知れない緊張感を伴う力が湧いてきます。これって逆を言えば、『負けたら男として認められない』ということ。その恐怖が原動力になっているんです。『男だろ』じゃなくて、名前を呼んで『頑張れ』でいいですよね」
「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」…わが子に伝えていませんか?
アルコールや薬物、ギャンブル、痴漢や盗撮など、何らかの依存症を抱える男性には「男社会の競争からドロップアウトした人」という共通点があると、斉藤さんは分析します。
「ワーカホリック(仕事中毒)の人、酒やギャンブルで生きづらさや心理的苦痛を紛らわせている人。見ていて痛々しいくらいです」
男性が背負う「男らしさ」を作りだしているのが、「男性優位」という社会の価値観。斉藤さんは「男尊女卑」と、さらに強い言葉で説明しました。
「『ジェンダー格差』だと生ぬるい。日本は『男尊女卑社会』。女性が男性に忖度(そんたく)して成立する社会です」
生きづらさを感じる男性は、そこから生じるストレスへの対処行動として、何かの不健康な習慣に耽溺(たんでき)しやすく、結果的に依存症になりやすいそうです。
「個人ではなく、社会に問題がある」と考えた斉藤さん。フリーアナウンサーの小島慶子さんとの対談で、「男尊女卑依存症社会」という言葉を生み出しました。「男尊女卑の価値観に過剰適応し、その価値観で生きるのは苦しいのにもかかわらず、それがやめられない状態」を指します。
「男尊女卑」の価値観を子どもにインストールしていくのが、家庭、学校、メディア、社会(職場)です。斉藤さんは著書「セックス依存症」(幻冬舎)にこう記しました。
子どものころから、家庭のなかで植えつけられた「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」という教えは、「男尊女卑の種」として学校で芽を出して、メディアから水を与えられ、大学を卒業するころには社会によって花開きます。
とくに、家庭内では同性の親からジェンダーバイアスを植えつけられるケースが多いと感じています。そのことに親は自覚的になるべきです。
斉藤さんも息子に「男はこうあるべき」と教えてしまった経験があります。
「長男が骨折した時に『男なら我慢しろ!』と言ってしまったんです。自分が幼い頃に言われたことを、自分も息子に言ってしまった。長男は『男は痛みを感じちゃいけない』と理解したかも…。やっちまった…と思いました」
斉藤さんは「自分の痛みに鈍感な人は、他者の痛みを理解できない。自分の感情を大事に生きてほしい」と考え、子どもの「痛い」という訴えを受け止めるようにしました。
「私は『男だから』『長男だから』という、昔ながらの家父長的な家庭で育ちました。依存症の治療やプログラムに携わってなかったら、子どもにとって有害なお父さんになっていたかもしれません。『女の子は大学に行かなくていい』など無自覚なジェンダーバイアスに、親は自覚的になるべきです」
男は性欲をコントロールできない?性暴力を「性欲」で語ることをやめましょう
性暴力にも「男らしさ」の問題が絡んできます。日本の性犯罪は 99 %以上が男性によるもの。なぜ性暴力を振るう男性がいるのでしょうか。
斉藤さんが加害者に聞いた理由がこちらです。
- ストレス発散で、弱い者いじめをしたかった
- ゲーム感覚だった
- 数を手帳に書いて、達成感を味わっていた
「性犯罪の理由を『性欲が抑えきれなくて』と診察室で答える加害者はほとんどいません」と斉藤さん。「犯行は衝動的に行われるものではなく、時間と場所と状況、相手を選び、計画的に行われます」
にもかかわらず、性犯罪では「男は性欲をコントロールできないから」と語られます。斉藤さんは「それは男性にとって都合のいい価値観だから」と説明します。
「嫌よ嫌よも好きのうち」や「女性が性犯罪に遭うのは、女性に落ち度があったから」というのも同じく、男性にとって都合のいい価値観です。
「性暴力の本質は支配欲、加害者性です。自分より弱い相手を支配し、性の対象として消費することで、傷ついた自尊心を回復させているんです。性暴力を性欲の問題に矮小(わいしょう)化すると、その問題の本質を見誤ります」
「『男は性欲をコントロールできない』なんて、男性を侮辱した話だと思いませんか?女性も『男ってそういうもの』にとらわれています。そろそろ、性暴力の問題を性欲で語ることをやめましょう。そして、この伝統的な価値観を男性側から否定していきましょう」
「男の子だから」「女の子だから」という決めつけはしないように子育てをしています。親が注意していても、子どもたちの周りには「男らしさ」「女らしさ」があふれているのだと、斉藤さんのお話を聞いて感じました。
斉藤さんが専門とする「加害者臨床」は、私たちの日常から遠いところにありますが、加害者の言葉を聞いていると、他人ごとでは決してありません。
子どもたちが安心して暮らせる社会、生きづらさを感じない社会となるように、親の役割をあらてめて考えていきたいと思います。
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