子どもの疑問、スルーせずに対話を|子どもの「主体性」「自己肯定感」を育む方法は?知窓学舎・矢萩邦彦さんが語りました
先の見えない将来のために、子どもの「今」を犠牲にさせていませんか?矢萩邦彦さんのオンライン講演から紹介します
DXに生成AI。次々と新しい考え方や技術が登場する現代。私たち親世代が理解する前に、社会にどんどん取り入れられています。
変化の激しい時代に、親はわが子にどう向き合っていけばいいのでしょうか。
統合型学習塾「知窓学舎」の代表・矢萩邦彦さんが提案するのが「子どもとの対話」です。子どもに正解のない問いを作ったり、子どもからの純粋な疑問をスルーせずに応答したりしていくことで、「主体性」や「自己肯定感」を育んでいけると語っています。
矢萩さんは、保証されない将来のために「今」を犠牲にするのではなく、「今」にフォーカスして子どもの成長を導いていくことも呼び掛けています。オンライン講演から紹介します。
目次
オンライン講演「正解がない時代に必要な『主体性』と『自己肯定感』の育て方~成長する親の元なら、子どもの未来は変わる!~」は日本新聞協会と小学館「HugKum」が主催。2024 年 2 月 17 日に配信されました。
講師の矢萩邦彦さんは統合型学習塾「知窓学舎」の代表です。知窓学舎では「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を実践していて、「探究国語」「探究算数」といった探究型の授業を展開しています。
矢萩さんは、複数の分野に専門性を持って関わり、他分野に生かしていく「アルスコンピネーター」としても活動しています。教育分野以外にも住まいや旅など 20 以上の現場やプロジェクトに携わっています。
著書に「自分で考える力を鍛える 正解のない教室」(朝日新聞出版)、「子どもが『学びたくなる』育て方」(ダイヤモンド社)などがあります。
いい大学、いい企業…将来が保証される「逆算時代」は終わりました
講演は、時流を捉えることから始まりました。
「保護者の皆さんが子どもの頃は『大手企業に終身雇用』という時代でした」と矢萩さん。大企業に就職するために大学受験を頑張る、いい大学に入るために高校受験、中学受験を頑張るという「保険のための逆算時代」でした。
今はAIの導入が進み、生活や働き方、必要な学びが急速に変化しています。教育界はその変化に「追いつけていない」そうです。
「社会がこの先どうなるかという予測が当たらない時代に、逆算する意味があるでしょうか。過去の価値観で学んでも、誰も将来を保証してはくれません。将来が保証されないのに、『今』を犠牲にして楽しくないことをする意味があるでしょうか」
教育界がこれからたどるパラダイムシフト(時代に合ったものの見方や考え方への変化)は、アートのパラダイムシフトに似ていると、矢萩さんは考えています。
【アートのパラダイムシフト】
「リアル」に価値があった…宗教画や肖像画など写実的な表現や技術が評価された
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写真の登場…絵は写真の「リアル」を超えられないと分かった
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「視点やアイデア」に価値が出た…写真とは違ったアーティスト独自の価値観や表現が評価されるようになった
「写真が登場しても、アートは滅びませんでした。学びも同じです。AIが登場したから、人間が学ばなくてよくなるというわけではありません」
【学びのパラダイムシフト】
「正確さ」に価値…契約や指示通りに行う知識、スピード、正確さが評価された
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AIが登場…「正確さ」に人間がかなわなくなった
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「抽象や臨機応変さ」に価値が置かれ始めている
矢萩さんは「人間の仕事は急速に抽象化していく」と予測しています。
「生成AIは言語モデルです。業務内容を言語で具体的に説明できる仕事から順に、AIやロボットに取って代わられ、言語化しにくい『抽象的』で『属人的』な仕事が残っていくでしょう」
「抽象的」で「属人的」な仕事とは?
例えば「この人にインタビューされると、何かしゃべっちゃうんだよね」「あの人がいると、現場が和気あいあいとして仕事が進む」といった、AIにはできない仕事の価値が高まると、矢萩さんは語りました。
親に必要なのは「自分たちが学んだ時代とは違う」と認識することです
予測できない世の中でAIと共存し、生きる力を身につけていくには?
矢萩さんは「探究型の学びの重要度が高まってきている」と語りました。探究型の学びとは、自ら学び、自ら考える力を育てる学びです。
「『探究は何になるか分からない』『テストに出るか分からない』と言われます。(探究学習では)好きな分野でいろいろ学んでいきますが、それだけじゃない。『鉄道が好き』から、時刻表が読めるようになったり、地理を学んだり、機械に詳しくなったり。『○○を学ぶ』から『○○で学ぶ』へと変わります」
「好きなこと」「やりたいこと」を持っている人には強みがあります。
「DXへの対応は、いろいろ活用して好きなことを楽しんでいる人の方が早く、マニュアルが必要な人には難しかった。やりたいことがある人はどんどんAIを活用しますが、やりたいことがない人はAIをどう使っていいかが分かりません」
では、探究型の学びを支えるため、保護者に求められることは?
「難しいですが、『自分たちが学んだ時代とは違う』『今までと同じことをしていたらついていけなくなる』と常に認識するマインドセットが必要です」
詰め込み型の教育を受けてきた親世代は、子どもに「学ばせる」よりも「体験させる」という転換が求められています。
矢萩さんは以前、学校の理科の先生からこんな話を聞きました。
「詰め込み型の塾で学んで入学してきた生徒は、科学の実験を甘く見る傾向にある。『実験しなくても、結果はこうなると分かってる』と考える。そうすると、サイエンスの感覚が身に付かないんです」
ものごとを理解、想像するためには、知識を教えるよりも、発達や体験が先とのことです。
親が今日からできることは?「反応する」「対話する」「問いを作る」
社会の変化にスピードに、教育の変化は追いついていません。主体的な学びのため、矢萩さんは「家庭やサードプレイス(家でも学校でもない第 3 の居場所)が必要」と語りました。
子どもが自ら学ぶことは、自転車に例えました。
【学びの自走サイクル】
- 前輪…思考力、判断力、表現力
- 後輪…知識、基礎力
- ハンドル…主体性(自分軸)
- ペダル…自己肯定感(内的・外的モチベーション)
自転車が進むためにはタイヤ、つまり知識や思考力、判断力などが必要です。一方で、ハンドルを操作してどこへ進むかを決め、ペダルをこぐのは自分自身。ここで「主体性」と「自己肯定感」が必要になります。
子どもの「学びの自走サイクル」を支えるため、親が今日からできることがこちらです。
【親が今日からできること】
- 反応すること
- 対話すること
- 問いをつくること
まず、子どもが「ペダルをこごう」と思えるように自己肯定感を上げていくフィードバックとは?矢萩さんはクイズを出しました。
①標識を大きくして制限速度を認識しやすくする
②レーダーの速度標識を付けて自分の速度を認識しやすくする
答えは②です。
「人は上から目線の注意や指示を嫌い、自分で判断して改善していくことを好む傾向にあります。子どもも親から『○○をしろ』と言われるのは好きじゃない。フラットに『あなたはこういう状態ですよ』と伝えると、自分で決定でき、成長につながります」
フィードバックは「評価」ではありません。理想的なフィードバックがこちら。
【理想的なフィードバック】
- 評価するのではなく、成長をナビゲートする
- 他人ではなく、過去の本人と比べる
- 未来の可能性にフォーカスする
- 改善法や、どうすれば可能かを考える
「上手だ、下手だ」と親が評価したり、「○○ちゃんよりも上手」とお友達やきょうだいと比べるのはNG。
「昨日よりも○○ができるようになったね」と声を掛けたり、「○○をすれば、もっと早くできるようになるよ」と子どもが目標を達成できそうな方法を具体的に伝えたりするといいそうです。
子どもに「主体性」が生まれるのは「ワクワク」できる場面です
あなたはどんな時に「ワクワク」しますか?矢萩さんは「ワクワク」を「自分事として良いことが起こりそうな予感がある状態」と説明しました。
この「自分事感」が「ワクワク」につながり、主体性は育まれます。
子どもに「自分事感」をつくるために活用するといいのが、最新ニュース。例えば、こんな質問です。
大阪万博の開催は未来のことなので、成功するかどうかはまだ誰にも分かりません。今はその是非が盛んに話題になっていて、開催されれば必ず答えが出ます。
「大人も答えを知らない問いだと、子どもと大人がフラットに話せます。ニュースを使ってちょっと先を予測すると、親子に対話が生まれます」
このように、答えが複数ある問いや、時間がたてば必ず何らかの答えが出るという、現時点では「正解のない問い」が親子の対話には向いているそう。その上で、「対話」には注意が必要だと指摘しました。
「対話と討論は違います。対話は討論のように相手の考え方を変えようとするものではなく、『自分が変わるもかもしれない』と変容を受け入れるマインドが必要です」
「親の考えを子どもに押しつけてないか」と注意し、「子どもとの対話で自分が変わる可能性がある」と思える気持ちが大事だそうです。
「子どもにとって、自分が何かを投げ掛けたら何かが変わるという体験が大事です。『自分の存在が世界に影響する』と思える体験、ワクワクできる体験をつくりだしてください」
Switchの部品は何個ある?子どもの「純粋疑問」から対話が始まります
主体性を育む学びについて、矢萩さんはアインシュタインの言葉を紹介しました。
「自転車の乗り方で考えてください」と矢萩さん。自転車は一度乗れるようになると、何年も乗っていなくても、勘を取り戻せばまた乗れるようになります。
「自転車の乗り方」を「学び方」に置き換えると、アインシュタインの言葉がしっくりきます。「何を考えたか」という知識よりも、「どのように考えたか」という方法が記憶に残ります。
「学び方」を身につけると、いろいろなことに応用でき、自分で学びを進めていけます。
主体的な学びで大事なのは「認知(インプット)」と「想像(エディット)」です。
- 認知(インプット)…よく見て、情報を集めて、整理・分析する
- 想像(エディット)…仕組みや未来、人の気持ちなど、分からないことを考える。推測、共感、予測、構想など
「主体的な学びでは、子どもが自分の考えを表現し、発表する『アウトプット』が大事だと思われがちです。でも、アウトプットばかりさせると、子どもは『こういうことをすると大人に褒められる』と思ってしまいます」
アウトプットよりも、インプットとエディット。そこには「大人のナビゲートが必要」と矢萩さんは訴えました。
例えば、こんな質問を子どもにされたら、どう答えますか?
「そんなの知らないよ…」と親が困惑する質問ですね。こんな時、「あなたは何個だと思う?」と返してしまいがちですが、子どもは何個あるかを知りたくて聞いているので、返し方に工夫が必要です。
例えばこう返すと、子どもの想像を導くきっかけになります。
聞かれた子どもは、「どんな部品が多いんだろう」と想像し始めます。「大人が反応し、問い掛けたことで思考が動いていく」そうです。
「リンゴはどうして赤いの?」「宇宙の果てはあるの?」といった「純粋疑問」は小学 4 年生頃から減り始めます。
「『不思議だ』と思って聞いているのに大人が答えてくれなかったら、子どもはストレスを感じ、防衛反応を取ります。つまり、『不思議だ』と思わなくなるんです」
とはいえ、親にとってはすぐに答えられないのが「純粋質問」。矢萩さんは「答えなくていいので、応答してください。『そんなことはテストに出ないでしょ!先に宿題しなさい!』なんてスルーせずに、想像への矢印を出して対話をしてください」と呼び掛けました。
矢萩さんは生成AIを「日本語がプログラミング言語になった」と説明しました。これまでは、コンピューターを思い通りに動かすために専用の言葉を新たに学ばないといけなかったのが、母語でできるようになりました。
そして、AI時代は「言葉が全ての思考活動のOSになる」と語りました。OSはパソコンやアプリを動かす基本ソフトウェアのこと。つまり「言葉が全ての思考活動の土台になる」という意味です。
「これからの時代は、言葉がとても重要になります。子どもはより質の良い、より多くの言葉に触れることで、さまざまな能力を獲得していきます。言葉をたくさん持っていれば(ものごとを理解する)解像度が上がります」
「これからのAI時代をどう生きればいいのか、みんなまだ分かっていません。だから、失敗ができます。成長する大人と一緒にいれば、子どもも成長していきます」