分娩施設、産婦人科医の減少…高知のお産はどうなる?安心して産める?|「院内助産システム」「セミオープンシステム」など新しい体制が始まります
高知のお産を守る新しいシステムとは?高知母性衛生学会の市民講座で聞きました
2024 年 3 月、「高知県内のお産体制が危機的な状況にある」と大きく報道されました。
出産ができる分娩(ぶんべん)施設が減っていて、お産の取り扱いをやめた病院や、お産の数を大幅に減らした病院も。10 月には県内で出産できる病院、診療所は合計 9 施設となりました。
高知の周産期医療体制を守るため、「セミオープンシステム」と「院内助産システム」が新たに始まろうとしています。
どういうシステムなのでしょうか。高知母性衛生学会が開いた市民公開講座で聞いてきました。
目次
高知県内でお産できる施設は病院が6、診療所が3
「周産期」とは妊娠 22 週から出生後 7 日未満までの期間のことです。妊娠・出産の際、お母さんと赤ちゃんの命を守るための医療が「周産期医療」です。
高知県内の周産期医療体制が大変なことになる、と報道されたのは 2024 年 3 月でした。産婦人科の医師が急減し、「県内でお産する場所がない“お産難民”が出かねない」と心配されました。
その時の高知新聞の記事がこちら。高知県内お産体制、危機的 産婦人科の医師急減41→34人
その後、9 月末でJA高知病院(南国市)がお産の取り扱いをやめました。
JA高知病院、お産9月末で休止 高知大の医師派遣困難 周産期医療を支える拠点
現在、高知県内で出産できる施設は公立・公的病院が 6 施設、民間の診療所が 3 施設となっています。
【高知県内で出産できる施設】
- 中央圏…高知赤十字病院、国立高知病院、高知大学医学部付属病院、高知医療センター、民間診療所(2施設)
- 安芸圏…あき総合病院
- 幡多圏…幡多けんみん病院、民間診療所(1施設)
お産ができる施設は 9 施設に減りました。一方で、お産はできないけれど妊婦健診ができる施設は 14 施設あります。
現在、医療と行政による「高知県周産期医療協議会」で持続可能な周産期医療体制の在り方が話し合われています。検討されている取り組みが「セミオープンシステム」と「院内助産システム」です。
いったいどんなシステム?ということで、2024 年 11 月 30 日に高知市内で開かれた高知母性衛生学会の市民公開講座に行ってきました。
高知母性衛生学会は医師や看護師、助産師、栄養士、行政関係者らが参加する学会です。
今回は「もっと知りたい『院内助産システム』のこと」をテーマに、香南市で助産院「ゆいま~る」を開業する助産師の高嶋愛希さん、産婦人科医で日本産婦人科医会副会長の中井章人さんが登場しました。
【セミオープンシステム】妊婦健診は近くの診療所、お産は分娩施設で
周産期医療での「セミオープンシステム」とは、産科医療機関の役割分担の仕組みです。県内では高知医療センターが導入しています。
セミオープンシステムでは、妊婦健診を診療所が担当し、お産が近くなると分娩施設に引き継ぎます。お産は分娩施設で行います。対象となるのはリスクの低い妊婦さんです。
高知医療センターでは、登録している診療所と妊婦健診の内容を統一していて、共有しています。時間外や休日の対応は医療センターが担当します。
妊婦さんは普段は自宅や職場近くの診療所で健診を受けられ、何かあった時は医療センターで診てもらえるというメリットがあるそうです。
高知県の周産期医療協議会が 12 月 2 日に開かれ、セミオープンシステムを県内に広げていく方針が決まりました。健診施設と分娩施設との間で情報共有を徹底していくため、統一ルールを決めていきます。
市民公開講座に登壇した中井さんは、以前勤めていた日本医科大学多摩永山病院(東京都多摩市)でセミオープンシステムを導入しました。
システムをうまく進めるためには「ルール作り」がやはり大事だそう。前置胎盤や胎児機能不全など大きなリスクを見逃さないため、「こういう症状があったら、必ず紹介を」など、しっかり決めたそうです。
【院内助産システム】リスクの低い妊婦さんの健診、お産を助産師主体でケアします
「院内助産システム」とは、分娩を扱う医療機関で、助産師が主体となってお産のケアを行う仕組みです。
分娩施設に「助産師外来」をつくり、助産師が妊婦健診を担当します。お産も助産師が担当する「院内助産」となります。院内助産は、医療の介入が必要のない経膣分娩が対象です。
…と聞くと、「産科のお医者さんはお産に関わらないの?」と思いますが、助産師外来や院内助産は「緊急時の対応ができる医療機関などにつくること」とガイドラインに定められています。
節目節目で医師がリスクを確認し、リスクが高まった場合や、医療の介入が必要となった場合は医師主導の健診・お産へと切り替わります。
県外の病院で院内助産に携わってきた高嶋さんは、妊婦さんから見た院内助産のメリットを次のように説明しました。
- 自然なお産を目指したいけれど、安全性も確保したい
- 自分の希望やペースを尊重してほしい
- 助産師に寄り添ってもらいながら、安心感の中でお産に向かいたい
出産を経験したお母さんからは「助産師さんに親身に話を聞いてもらえて安心した」「産む前から、もっと助産師さんにいろいろ聞いておきたかった」という声がよく聞かれます。医師に対しては「こんなことを聞いて大丈夫かな…」と思う質問も、助産師外来ならハードルが低そう。
高嶋さんは「助産師にとっても仕事のやりがいにつながる」と語りました。
中井さんも多摩永山病院に院内助産システムを導入しました。講演で強調したのがこちら。
「『院内助産』と『院内助産システム』は違います」
「院内助産システムは医師不足を補うためのものではありません」
院内助産システムは、産科で医師と助産師が協働する仕組みです。「病院内に助産所がある」という独立したシステムではなく、お互いの特性を生かしながらチームでお産を支えていきます。
「『産科医が少ないから助産師に助けてもらおう』というのは間違い。助産師が妊婦さんに寄り添うことで、医療の質を上げ、満足できるお産にしていくことが目的です。結果として医師は助かるかもしれない、というものと考えてください」
高知県内では県立あき総合病院(安芸市)が 2026 年度に院内助産システムを始めようと、準備を進めています。
「新しいシステムを考え、高知県のお産を守っていきます」
これからの高知のお産はどうなるのでしょうか。高知母性衛生学会会長で、高知医療センター副院長の林和俊さんに聞きました。
―― 2024 年は「高知県内のお産体制が危機的な状況にある」と報道されました。「近くに分娩施設がない」という地域も増えました。
人口が減り、これまでのシステムでは安心、安全なお産を維持できないという状況です。地域では学校の統廃合が進んでいますよね。そんな中で産科を残すというのはやはり難しい。高知県全体で新しいシステムを考えないといけません。
――高知県に必要な新しいシステムがセミオープンシステムと院内助産システムなんですね。
そうです。高知県は分娩施設は 9 施設に減りましたが、妊婦健診ができる施設は 14 施設あり、地域で頑張ってくださっています。健診のたびに遠方の病院に通うのは、妊婦さんにとって大変ですよね。統一ルールをつくり、「健診は近くの診療所で、時間外や緊急時は病院で」を県内全体に広げていく必要があります。
――院内助産システムは「産科医不足対策」という印象がありました。
お産は本来、自然な営みです。正常な経膣分娩には、医療の介入はなるべくない方がいい。「お医者さんに全部やってもらったら安心」という気持ちはあるとは思いますが、助産師とともにお産を守りながら、よりよいお産につなげていくシステムだと捉えていただきたいです。
――高知のお産を守るため、他にも取り組みがありますか?
高知は東西に長いので、お産が始まってから病院に来るまでに間に合わないというケースもあります。産科医療に携わる医療者でなくても対応できるように、救急救命士がお産の対応を学ぶ研修を 2016 年から行っています。分娩介助や新生児蘇生の手順を 1 日かけて学んでいます。
分娩介助は妊婦のおなかと新生児の人形を使って何度も練習するんですけど、皆さん、上手に赤ちゃんを取り上げますよ。県内の救急救命士の 3 人に 1 人が研修を受けています。
――今日の市民公開講座では 2025 年度は産科の医師が増える見込みという明るい話題もありましたが、周産期医療協議会では「2025 年度は分娩施設数は 9 施設を維持する」「必要な場合は施設の集約化を検討する」という状況ですね。
「お産できる施設が減っても、そもそも出生数が減っているから大丈夫じゃない?」と考える方もいるかもしれません。でも、お産を守るには 24 時間 365 日、誰かが待機していなくてはいけません。1 人の医師と複数の助産師だけで守れるものではありません。
医療機関の集約化は将来的には避けて通れないかもしれません。でも、お産を守る役割を施設で分担し、それぞれの施設で医師と助産師が特性を生かして協働していくことが、これからの高知のお産を守る鍵となります。高知のお父さん、お母さん方、これから高知で子育てを始める皆さんにもご理解いただきたいと思います。