音、光、におい…日常生活で起こる「感覚の問題」とは?|高知大学医学部特任教授の高橋秀俊さんが「感覚の困りごとへの心のケア」で解説しています
発達障害の特性で挙げられる「感覚過敏」。中でも、自閉スペクトラム症の人の 7~9 割に聴覚過敏があると言われています。
「感覚」は音だけでなく、光、におい、味、温度など、日常生活の多岐にわたります。また、「感覚過敏」だけでなく、「感覚鈍麻」「感覚探究」「感覚回避」があります。
感覚の問題を長く研究している高知大学医学部特任教授の高橋秀俊さんが著書「感覚の困りごとへの心のケア」を刊行しました。
感覚の問題は「不安」と密接に結び付いているそう。高橋さんに聞きました。
目次
スーパー、ファミレス、小学校の授業…日常の音がしんどい人がいます
高橋さんは 1992 年に東京大学工学部、2000 年に大阪大学医学部を卒業。大阪大学医学部付属病院、国立精神・神経医療研究センターなどを経て、2019 年に高知大学医学部へ。現在は寄付講座「児童青年期精神医学」の特任教授を務めています。
発達障害や精神疾患のある人は、音を聞いた時や驚いた時の脳の反応が独特であることが以前から知られていました。高橋さんも精神科医として、脳波や筋電図を取り、研究を進めていました。
並行して、産業医として労働衛生への理解を深める中で、職場の騒音対策に興味を抱きます。
職場の騒音対策では、音の大きさが 85 デシベル未満であることが求められます。85 デシベルの目安は「走行中の電車内」「パチンコの店内」。定型発達の人が「うるさい」と感じるレベルで、定型発達の人に聞かせると、「脳が不快に反応する」そうです。
高橋さんが自閉スペクトラム症の子どもに実験を行うと、85 デシベルよりもさらに小さい 60~65 デシベルで大きく不快に感じる反応が見られました。
「 65 デシベルは、スーパーやファミレスの店内や普通の会話、小学校の授業などが当てはまります。定型発達の人にとっての『普通の音』でも、自閉スペクトラム症当事者の脳はびっくりしている。当事者にとっては『しんどい音』なんです。これはわがままではなく、配慮が必要だと考えました」
「夜泣きがひどい」「周りとすぐけんかする」「給食の時間が苦手」…事例と支援のポイントを紹介
感覚の問題を研究してきた高橋さんが執筆したのが「感覚の困りごとへの心のケア -センサリーフレンドリーをめざす支援の実際-」。2024 年 10 月に岩崎学術出版社から刊行されました。
「感覚の問題を持つ人を支援する家族や学校の先生、地域の保健師さんらにも理解していただけるように書きました」と高橋さん。基礎知識から紹介されています。
少しずつ刺激に慣れていく「スモールステップでの支援」を提唱。乳幼児期から発達段階に沿って、たくさんの事例を掲載しました。
例えば「乳幼児編」がこちら。
- きげんが悪くて、よくぐずる。よなきがひどい
- 反応がない、発達の遅れ
- なんでも口にいれる、いうことを聞かない、保育園で飛び出す、まわりとすぐけんかする
「学校編」の「小学校低学年」がこちら。
- 教室でじっと座っておれない、行動の爆発をコントロールできない
- 集団の指導についていけているふりをしている、黒板の情報をノートにとれない、学校では問題ないが家庭で荒れている
- 給食の時間が苦手
- 登校時に腹痛、学校に行きたがらない
「忙しい毎日で、本を最初から読むというのは大変だと思います」と高橋さん。「目次を見て、気になったところから読んでも分かるように書きました。身近な事例を知り、『やってみよう』と思ってもらえたらうれしいです」
食べ物の好き嫌いは「わがまま」?感覚の問題は「不安」と密接に結び付いています
感覚の問題には次の四つがあります。
- 感覚過敏…弱い刺激に対して過度に反応し、苦痛を感じる。聴覚過敏が最も多い。
- 感覚鈍麻…刺激に対する反応が鈍い。痛みや温度に鈍感だと、けがややけどをしやすく危険。
- 感覚探究…刺激を求める傾向が強い。強い刺激、快適な刺激を求めがち。
- 感覚回避…刺激を避ける傾向が強い。孤立しやすい。
感覚の特徴は生まれつきのもので、成人になっても大きくは変わりません。生まれつき過敏な人も、静かで落ち着いた環境で過ごすと、感覚の問題は目立たなくなります。環境に慣れることもあります。
高橋さんは今回、「感覚の問題が不安と密接に結び付いている」と、著書で繰り返し訴えました。
例えば、感覚過敏の人は不安やストレスを感じやすく、メンタルヘルス上の問題につながることがあるそうです。
「感覚過敏があると、受け入れられる刺激の幅が狭くなります。ささいなことで怒ったり、こだわったりする人、傷つきやすい人、孤立しやすい人の中には、実は感覚過敏があるのではと考えています」
また、感覚の問題は周りからは分かりづらいだけでなく、実は本人もよく分かっていないという場合があります。
例えば、食べ物の好き嫌い。わがままのように思われがちですが、感覚過敏を要因とするこだわりの可能性があります。実は高橋さん、自分の子育てで失敗した経験があります。
「娘は幼い頃、粉薬が苦手でした。何とか飲ませなきゃと思って、ヨーグルトやアイスに混ぜるんですが、吐き出す。量が足りないんだと思って、ヨーグルトやアイスをどんどん増やしました」
娘が小学校高学年の時に、「ヨーグルトやアイスが混ざった味がすごく嫌だった」と言われたそう。
「親は何とか飲ませなきゃ、食べさせなきゃと一生懸命になりますが、味や見た目、舌触りなどの感覚が純粋に受け付けないのかもしれません」
子どもの反応や強いこだわりなどに困った時、背景に感覚の問題があるのではないかと考えてみると、糸口がつかめるかもしれません。
教室でも保健室でもない場所を…学校で「環境調整」が進んでいます
高橋さんは普段の診療や研究の傍ら、「センサリーフレンドリー」の啓発にも力を入れてきました。
センサリーフレンドリーとは、感覚の問題を抱える人のために、静かで落ち着いた環境を提供していく「感覚に優しい取り組み」。公共施設で音量を下げたり、明るさを調整したり、目から入る情報を絞ったりといった配慮が取り入れられています。
高橋さんはこれまでに、高知県立足摺海洋館「SATOUMI」や高知県立のいち動物公園などで助言を行ってきました。
「感覚に優しい取り組み」は今、県内の学校でも進められています。空き教室を利用して居場所を作ったり、がやがやするオープンスペースにパーティションを設置したりする学校が増えてきました。
「教室でも保健室でもない場所、教室に入る前にクールダウンできる場所があることは、感覚の問題を抱える子どもたちにとって支えになります。この 2~3 年で、学校も社会も変わりつつあると感じています」
「生活は私たちの感覚からスタートする」と高橋さんは語りました。感覚過敏は特性の一つに挙げられますが、その人の土台のようなものと捉えると、より理解が進むのではないかと感じました。
子どもの困りごとに気づき、原因を探り、環境を見直すことは、特性の有無にかかわらず、子育てに必要な視点でもあります。普段の生活の中で、感覚の問題も少し意識してみてはいかがでしょうか。
高橋さんの著書はインターネットで購入できます。
【感覚の困りごとへの心のケア -センサリーフレンドリーをめざす支援の実際-】
- 定価:2640 円
- サイズ:四六判、224 ページ
- 発行所:岩崎学術出版社