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ほどほどの子育てを|ココハレインタビュー 小児科医・吉川清志さん

ほどほどの子育てを|ココハレインタビュー  小児科医・吉川清志さん

「ほどほどの子育て」を 。高知のベテラン小児科医・吉川清志さんが子育て世代にエール

新型コロナウイルスの感染者が高知県内で初めて確認された今年 2 月、「感染した人を悪く言わないで」とメディアを通じて冷静に呼び掛け、話題になった医師がいます。高知医療センターの元院長、吉川清志(きっかわ・きよし)さん。高知県の小児科医療に 30 年以上携わり、たくさんの親子と関わってきた経験から、お父さん、お母さんたちに「ほどほどの子育て」を呼び掛けています。

「大丈夫」という言葉に救われた

吉川さんは 1952 年、岡山県倉敷市生まれ。「鉄腕アトム」「鉄人 28 号」などロボットが登場する漫画を読み、「科学者になりたい」と夢見る少年でした。

「僕が生まれ育ったのは倉敷の田舎。中学校は一学年 90 人くらいでしたけど、荒れてる友達が多くてね。僕は両親に『悪いことはしちゃいけない』と育てられてきましたから、真面目でしたよ。中学 2 年の時の担任が豪傑な女性の先生で、『悪いことしねぇ』(悪いことしてみなさい)と言われたことを覚えています。『え? 悪いことをしてもいいの?』とびっくりしましたねぇ。できませんでしたけど」

中学校ではトップクラスの成績だった吉川さんは、岡山市内の高校に進学。そこで、人生初の挫折を味わいます。

「最初の試験が 460 人中 320 番でした。高校に汽車で片道 1 時間半かけて通うのもしんどくてね、こりゃいかんな、駄目だと落ち込みました。その時、担任の先生が『結果は悪かったけど、勉強は分かってるから大丈夫』と親に言ってくれて、ずいぶん救われました。中学でも高校でも、先生にいい言葉を掛けてもらいましたね」

医師を志したのは高校 3 年生の時。その理由は「岡山に住んでるから、岡山大学に行こうかな。理系だから医学部かな。医者という職業も悪くはないな」というものでした。

「『絶対に医者になる!』という感じではなかったですね。僕は『これだ!』と決めたことに対して突き進むタイプではなく、目の前のことを一つ一つこなしていくタイプなんです」

よく診て、よく聞いて

岡山大学医学部に進学した吉川さんは 6 年生の時、卒業後に入る医局を小児科に決めました。例えば「消化器内科」「耳鼻科」といった体の部位別の診療科ではなく、「幅広く、その人全体を診ていきたい」と考えた末のこと。その時の思いは、吉川さんの医師人生を貫くことになります。

「小児科では、患者が子どもなので、大人のようにたくさんの検査をして診断するということができません。子どもの状態を目でよく診ること、そしてお母さんからよく話を聞くことが大事で、『頭のてっぺんから、足の先までよく診なさい』とたたき込まれました。診察と病歴から病名を診断して、診断内容を確認するために検査をする。そうして、だんだんと子どもの見方が分かってきました」

1 年後、関連病院への派遣として、吉川さんは高知県立中央病院(現在の高知医療センター)勤務を命じられました。「吉川君には面倒見のいい指導医が合っている」と小児科の教授が判断し、縁もゆかりもない高知へ。小児科部長の浜脇光範さんの指導を受けながら臨床経験を積み、4 年後に岡山大に戻りました。

1988 年、高知時代の恩師である浜脇さんが病に倒れて亡くなりました。翌年、吉川さんは再び県立中央病院勤務を命じられます。当時 37 歳。妻と小学 5 年、3 年、1 年、3 歳の 4人の子どもたちを連れての新たな出発です。地元の岡山から離れることになりましたが、「与えられた環境で、求められることをやろう」と考えました。

目の前の課題を一つ一つこなす

当時の県立中央病院は、高知県の小児医療の要。新生児医療に力を入れていましたが、他県に比べるとまだまだ遅れていました。

小さく生まれた赤ちゃんや具合の悪い赤ちゃんをいち早く救うため、吉川先生たち小児科医が始めたのが、産婦人科医と連携した「新生児搬送」です。県立中央病院の小児科医が別の病院や診療所でのお産に立ち会い、赤ちゃんを保育器に入れて県立中央病院の未熟児室に連れて帰るという方法。産婦人科医がお母さんを担当し、小児科医が赤ちゃんを担当することで、二つの命を救ってきました。この取り組みは後に、妊婦を出産前から受け入れる「母胎搬送」へと進化しました。

「夜中に子どもの具合が悪くなっても、診てくれる病院がない」という親の声に応え、複数の病院の小児科医が夜間、交代で急患に対応する輪番制もスタート。県立中央病院の夜間、休日の小児救急診療にも力を入れました。

「『小児の救急は医者が全部対応します』と看護師さんを説得したりしてね。『高知県の小児医療に足りないものは何か』とみんなで考え、『足りないなら、やろうよ』と取り組んできました。体はしんどかったですが、心のストレスはなかった。目の前のことを一つ一つこなしていくという僕の生き方と合っていたなと思います」

助けてもらうことは悪いことじゃない

「幅広く、その人全体を診ていきたい」という医学生の頃からの思いは、患者の子どもたちだけでなく、その親たちにも向けられていきます。

「例えば、重症心身障害の子どもはなかなか明るい将来が描けないまま、お母さん、お父さんが一生懸命子育てをしていました。当時は親がやって当たり前で、自分の時間も、寝る時間もない中で頑張り過ぎていた。頑張っている人を支える人がいないと、お母さん、お父さんたちが壊れてしまうと感じました」

病気や障害のある子どもを育てる親への支援を通して、吉川さんは「子育てにおいて『頑張り過ぎる』ことは危険だ」と考えるようになりました。「理想の子育て」が一人歩きしている現状にも警鐘を鳴らしています。

「親にも感情がある。『冷静に育てるのっておかしいんじゃない?』と感じます。『叱るのはいいけど、怒るのは駄目』と言われますけど、子どもと向き合っていたら、腹が立って怒ることもありますよ。幼児でも結構賢いですから、お母さんにダメージを与える言葉を、うまいタイミングで口にする。『ここまでは言っていいんだな』と相手を見極めながら、人付き合いを覚えていくところもありますしね」

吉川さんが講演会などで提唱しているのが「ほどほどの子育て」。子育てで悩むお母さんたちには「助けてもらうことは悪いことではない」と伝えています。

「子育てでは、何とかなることもあれば、ならないこともあります。例えば、動き回る特性のある子の動きを完全に止めるのは無理だから、命の危険を防いであげることを確実にする。全部を 100 点にしようとせず、開き直りも大事です」

「子どもとともに親も育ちます。うまくいかないからといって自分を否定することはないし、助けてもらうことは悪いことではありません。親に余裕がなくなると、子どもを強くたたいてしまうかもしれない。手いっぱいになる前に、おじいちゃんやおばあちゃんに助けてもらう、実家から離れて暮らしている場合は支援センターなどに助けてもらうようにしてほしいと思います。周りの人には親の頑張りを認め、『大丈夫』と声を掛けてあげてほしいですね」

ココハレでは、吉川さんが「ココハレかかりつけ医」として、子どもの病気やけがについて解説する連載「教えて!吉川先生」をお届けしています。こちらもぜひご覧ください。

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この記事の著者

門田朋三

門田朋三

アナ雪のエルサになりたい5歳と、おてんばな1歳の娘がいます。あだなは「ともぞう」。1978年生まれ。

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