命の重み、自分を大切にすること、親になること…|「命のふれあい体験学習」が四万十町・大正中で開かれました
思春期の子どもたちに伝えたい「命のバトン」。小児科医・沢田由紀子さんの授業をレポートします
乳幼児期は「お父さん」「お母さん」とそばを離れなかった子どもたち。小学校の高学年から中学生になると、親とあまり話をしなくなったり、干渉を嫌ったりと、自立に向けて体と心をめまぐるしく成長させていきます。
そんな思春期の子どもたちに命の大切さを伝えていこうと、高岡郡四万十町の大正中学校では「命のふれあい体験学習」が続けられています。
授業を担当するのは地域の小児科医・沢田由紀子さん。妊婦体験や赤ちゃんの抱っこ、お父さんの経験談など、講義と体験を織り交ぜて進めています。
命の重み、自分を大切にすること、親になること…大人から子どもへの伝え方を紹介します。
目次
命のバトンが受け継がれ、今のあなたがいます
大正中の「命のふれあい体験学習」は 2012 年に始まりました。講師は小児科医で、大正中の学校医を務める沢田由紀子さん。近くの認定こども園「たのの」でも、「カンガルーのポッケ」と名付けた命の学習を 17 年続けています。
2022 年の授業は 10 月 31 日に行われました。授業を受けるのは 1 年生。中には、たのので「カンガルーのポッケ」を経験した生徒もいます。
体験の前の講義で、沢田さんは赤ちゃんの写真を子どもたちに見せました。腕もおなかもむちむちの赤ちゃんです。
「赤ちゃん、かわいいでしょう?皆さんも同じでした。お父さん・お母さん、おじいちゃん・おばあちゃん、ひいおじいちゃん・ひいおばあちゃん…誰か 1 人でも欠けていたら、生まれていません。命のバトンが受け継がれて、皆さんがいます」
「命は奇跡だ」と語る沢田さんは、子どもたちに数字を示しました。年間 2 万人を超える自殺者、子どもの虐待死…。14 歳以下の妊娠や中絶についても説明しました。
「皆さんの年代でお母さんになっている人がいます。計画して子どもを産むととても幸せですが、計画なく産むと、これからの人生が全部変わってしまいます」
生まれたばかりの赤ちゃんの大きさは?
真剣な表情で聞く子どもたちに、沢田さんはクイズを出しました。
「生まれたばかりの赤ちゃんは何センチ、何グラムでしょう?」
子どもたちは「うーん…」。沢田さんは「 50 センチ、3000 グラムぐらい」と標準の大きさを伝えた後、小さく生まれてきた赤ちゃんの写真も見せました。
「世界で一番小さく生まれた赤ちゃんは 212 グラムです。おなかの中で亡くなる赤ちゃんもいるし、生後 1 年以内に亡くなる赤ちゃんもいます」
命のバトンを渡したくても、渡せない人がいる。私の命も大切、隣にいる友達の命も大切、それぞれの命が大切――。
「生きてるってすごいことなんです。勉強できなくてもいい、スポーツできなくてもいい。私は皆さんに 100 点満点をあげたいと思います」
お父さんが語る、命のバトン
受精から胎児の成長、出産までを追ったドキュメントを視聴後は、子育て中のお父さんの登場です。
「命のふれあい体験学習」では毎回、地域のお父さんに、わが子の誕生や子育ての話を聞いています。命の教育ではお母さんから話を聞く機会はよくありますが、お父さんが話すのは珍しいそうです。
今年のお父さんは、大正中の教諭・木下大輔さん。子どもたちに身近な存在です。
木下さんの第1子となった長男・翔稀君は現在 9 カ月。木下さんは妻の妊娠期から、順を追って話しました。
「先生の奥さんはつわりがひどい方で、吐いたりもありました。奥さんの負担を減らそうと思って料理や洗濯、買い物などの家事をしましたが、親になる実感は正直なかったです」
予定日を過ぎ、「まだかな」と待ちわびた木下さん。コロナで立ち会い出産はかないませんでしたが、生まれた直後の翔稀君と会うことができました。
「わが子を初めて目の前で見て、『おーっ!』と。喜び、不思議な感情になりました。生まれてきてくれてよかったし、ドキドキが止まりませんでした」
生後は、翔稀君中心の生活に。2~3 時間おきの授乳も奥さんと一緒に起き、寝不足にもなりましたが、「仕事から帰って抱っこしたり、一緒に触れ合ったり。すごく幸せです」。
新しい命の誕生は「部活の全国大会など、これまでのうれしかったことを飛び越した」と振り返りました。
「人生で一番の出来事でしたが、子どもが生まれるまで苦労したのは全て奥さん。自分は何もできないというはがゆさを感じました。全て赤ちゃん中心の生活になり、『今の自分がおれるのは、手取り足取り育ててくれた両親のおかげだ』と感じました。両親に感謝しています」
胎児人形、エコー映像、妊婦体験…命の重みを感じました
講義の後は、体験へ。
妊婦体験では、おなかの重さを実感できるスーツを着用し、普段の動きがどう制限されるかを学びました。
実際の妊娠では、おなかは少しずつ大きくなりますね。おなかの中の赤ちゃんの成長は、胎児人形を抱っこすることで学びました。妊娠経過に添って、胎児だけでなく、胎盤や子宮も大きさ、重さが再現されています。
胎児人形をそーっと抱く子どもたち。新生児人形を手渡されると、自然と笑顔になりました。
講義に体験を加えることで、命の重みをよりリアルに伝えられるのだと実感しました。
あなたの気持ちは、あなたが決めていい
沢田さんは最後に 1 枚の写真を見せ、子どもたちに質問しました。
「この写真を見て、『かわいい』と思いますか?」
沢田さんが以前留学していたカナダの保育施設にあった赤ちゃん人形です。カナダの子どもたちはこの人形で楽しく遊んでいたそうですが、日本人の感覚からすると、ちょっと違和感が…。
黙り込む子どもたちに、沢田さんは語り掛けました。
「『かわいくない』と感じるのは悪いことだと思ってるかもしれませんが、『かわいい』『かわいくない』と感じるのは自分の気持ちで、自分で決めていい。99 人が『かわいくない』と思ったとしても、あなたが『かわいい』と感じたら、それでいいんです」
嫌になったら、逃げていいんだよ
日本では、10~14 歳の死因の 1 位が自殺となっています。生きていくのが嫌になり、死を選ぶ子どもたちがいます。
沢田さんがカナダに渡った理由は「日本で生きていくのがしんどい」と感じたから。「嫌になったら逃げたらいいと思ったら、楽になった」そうです。
子どもたちにも「逃げること」を伝えました。
「嫌になったら逃げていい。英語ができたら海外に逃げられると思って英語を勉強したら、楽しくなるかも」
人生には多様な選択肢があります。沢田さんは今、里親として子育てをしています。
「結婚する・しない、子どもを産む・産まない、どんな選択肢でもいいんです。一つしかないみんなの命を大事に生きてほしい。これからの人生でしんどくなって、『命のバトンをつなげない』と思ったら、誰かに話してください。逃げたい時は逃げてください」
「あなたは大事な命」「自分を大切に、人生を歩んでほしい」「困ったら、助けを求めて」。子どもが何歳になっても、折々で伝えていかなければいけませんね。
胎児人形や赤ちゃんを抱っこする中学生たちは、素直ないい笑顔を見せていました。大人として、この笑顔を守っていかねば…と感じた取材でした。
認定こども園たのので続く「カンガルーのポッケ」に 2021 年度、ココハレが密着しました。5 回の連載はこちらからご覧ください。
「あなたが大切」と伝えたい・16年目のポッケ①|「自分を大事にする」は自分の体を知ることから
「あなたが大切」と伝えたい・16年目のポッケ②|「大きくなる」ってどういうこと?中学生と交流
「あなたが大切」と伝えたい・16年目のポッケ③|あなたにもお友達にも気持ちがあります