南海トラフ地震、発達障害のある子どもに必要な備えは?言語聴覚士・防災士の小寺晶愛さんに聞きました
お気に入りの食べ物、安心スペース、安心グッズ、視覚支援…「好き」「苦手」を理解した備えは全ての子どもに役立ちます
「必ず起きる」とされる南海トラフ地震。子育て中の家庭では、必要な備えを考える際、子どもができるだけ普段通りに過ごせる環境を整えることが大事です。
仁淀病院(いの町)の言語聴覚士で、防災士の資格も持つ小寺晶愛(あきえ)さんは、発達障害のある子どもたちの療育を通して、「発達障害と防災」の発信を続けています。
子どもの「好き」や「苦手」を理解した上での備えは発達障害に限らず、全ての子どもに役立つそうです。食べ物や飲み物、安心スペースやグッズ、視覚支援など、詳しくご紹介します。
目次
東日本大震災で不安になった高知の子どもたち。「発達障害と防災」を考えるきっかけになりました
言語聴覚士は、言葉やコミュニケーション、飲み込みのリハビリなどを担います。小寺さんは仁淀病院の言語聴覚士として、幼児から高齢者まで幅広い年代に関わっています。
小寺さんの療育は「いすに座らないスタイル」。言葉のリハビリに運動遊びを取り入れて、子どもと楽しみながら「相手とコミュニケーションを取りたい」という意欲を引き出しています。
小寺さんが防災に取り組み始めたきっかけは 2011 年の東日本大震災です。当時、東北から離れた高知でも、不安症状を訴える子どもがいました。
仁淀病院でも「自分が宿題をしなかったから大地震が起きた」と思い込んだり、地震や津波を思わせる「災害ごっこ」を繰り返したり。1 年ぐらい続いたそうです。
災害時は誰もが不安になりますが、特性のある場合は不安がより強く、パニックも起きやすくなります。
小寺さんは「子どもたちが少しでも安心できるように」と考え、特性に合わせた対応を療育の中で保護者にアドバイスしてきました。2022 年には防災士の資格を取り、自分が暮らす地域の自主防災会でも活動しています。
災害時に予想される子どもの不安症状とは
大規模災害時に予想される子どもの不安症状として、小寺さんは次の 5 点を挙げています。
【大規模災害時に予想される子どもの不安症状】
- 身体症状:手足が動かなくなる、声が出なくなる、立てなくなる、意識を失う、おねしょ、トイレに何回も行く、頭やおなかが痛くなる
- 精神症状:イライラする、そわそわして落ち着かない、パニックになる、泣く、眠れなくなる、食欲がなくなる、表情が少なく、ぼーっとする
- 退行現象:いわゆる「赤ちゃん返り」。年齢にそぐわない甘え方をする、わがままになる
- マジカルシンキング:現実にないことを言いだす、「自分のせいで災害が起こった」と思い込む
- 災害ごっこ:地震や津波を思わせる遊びや話を繰り返す
小寺さんの関わった子どもが話した「自分が宿題をしなかったから大地震が起きた」は、マジカルシンキングの典型です。
「災害ごっこ」も含め、「そんなわけはない」と否定したり、「そんなことをしては駄目」と無理に止めるのではなく、可能な範囲でゆっくり話を聞き、安心させていきます。
同時に、子どもが安心できる環境も整えていきたいところ。事前の備えで何が必要なのでしょうか。
「子どもが安心できる環境」とは?普段から試しておくと、非常時に役立ちます
災害時にはまず、命を守ることが大切です。その上で、助かった命をつなぎ、安心して過ごせる環境を考えていきます。
安心できる環境を考える上で、意識したい項目は次の通りです。
【災害時の備え・意識しておきたい項目】
- 地震、津波、避難生活の見通しを伝える
- 食べ物、飲み物は「好んで食べる物」「食べ慣れた物」を用意する
- 健康、清潔を保つグッズを用意する
- 安心スペース、安心グッズを用意する
- お薬手帳の内容をスマホで記録しておく
一つ一つ、詳しく紹介します。
地震、津波の見通しを伝える
発達障害の中でも、特に自閉スペクトラム症(ASD)のある人は、「変化に弱く、臨機応変な選択ができない」という特性があります。南海トラフ地震は想定外の連続。見通しが立たない不安は、より強くなります。
普段からできる備えの一つが、絵本や漫画を使って地震のメカニズムをさりげなく伝えること。小寺さんが紹介したのがこちらの 2 冊です。
このうち、「やっぱりおうちがいいな」は、2016 年に起きた熊本地震の後、建物の揺れや物が落ちてきたトラウマで家が怖くなり、帰れなくなった子どもたちのために、熊本市の子ども発達支援センターが作った絵本です。
「地震を『地球が風邪を引いてくしゃみをした』と説明しています。『風邪がなかなか治らないから、またくしゃみをするかも』と話すと、余震の説明にもなります」と小寺さん。「何が起こっているか分からない」という最も不安な状態を避けられます。
「やっぱりおうちがいいな」は、熊本市のウェブサイトから無料でダウンロードできます。
避難生活の見通しを伝える
ある程度のルーティンを保てる日常生活と違い、避難生活は発達障害のある人にとってストレスになります。
大勢の人と過ごす避難所は、状況が目まぐるしく変わります。「今までと違う点を分かりやすく伝え、可能な限り安心感を与えてください」と小寺さん。
説明を耳で聞くよりも、目で見た方が理解できる人には「視覚支援」が有効です。
小寺さんが保護者にこういった視覚支援を伝えると、「うちの子には必要ない」という反応をする人もいるそうです。
ですが、「平時には必要なくても、非常時には必要になるかもしれません」。災害時に必要に迫られ、いきなり使うのではなく、普段から「こういうのもあるよ」と取り入れておくと、平時の延長で受け入れられるそうです。
平時の取り入れ方として小寺さんがおすすめするのが、子どもの気持ちを選んでもらうやり取り。「視覚支援への慣れになり、子どもの気持ちも把握できます」
食べ物、飲み物は「好んで食べる物」「食べ慣れた物」を用意する
感覚過敏やこだわりといった特性がある場合、受け入れられる食べ物や飲み物が限られます。他に食べ物がない場合でも「これしかないから食べなさい」は通じないかもしれませんし、不安から食欲がなくなってしまうかもしれません。
非常食選びでは、子どもに食べさせてみて、好んで食べられる物をストックしていきます。「キャンプなど、いつもと違う楽しい時に試してみると、楽しい記憶とつながります」
おすすめは、お気に入りのふりかけ。「白ご飯にかけると、いつもの食べ慣れた食事になり、安心につながります」
お菓子や果物など甘い物も大事です。最近はスイーツの保存食が豊富。おやつなどで試しておきましょう。
飲み物も、長期保存が可能な野菜ジュースなどがあります。同じように試してみてください。
健康、清潔を保つグッズを用意する
健康や清潔を保っていくのも大事です。好んで使う歯ブラシや歯磨き粉などをストックしておきましょう。
避難生活では水が自由に使えないことも予想されます。体を拭く際はウェットティッシュが便利です。
寒さに敏感な場合は、ウェットティッシュをカイロで温めてから使うといいそう。同じように、暑さに敏感な場合は、冷却グッズを用意しておきましょう。
嗅覚が過敏な人にとって、集団での避難生活はストレスになります。「他の人の芳香剤の香りが駄目」「トイレの臭いが嫌で使えない」という場合もあるそう。
小寺さんは「人は嗅覚で危険を察知するので、苦手な臭いはより強いストレスになります。逆に好きな香りをかぐと安心します」と説明します。
避難グッズの中には、お気に入りの消臭剤も入れておきましょう。「マスクに好きなアロマの香りをたらしておくのもおすすめですよ」
安心スペース、安心グッズを用意する
避難所で過ごす場合、体育館などの広い場所では他人の領域に入らないことが求められますが、発達障害の特性から難しい人もいます。
「テープで囲んで『ここがうちのスペースだよ』、レジャーシートを広げて『この上で過ごします』というふうに視覚的に伝えると、より理解しやすいです」
暗い場所が苦手な子どもには「マイ明かり」がおすすめ。布団の中で付けると、周囲に迷惑を掛けずに落ち着けます。
部屋の電気などのスイッチを押したがる子どもには「マイスイッチ」、水遊びをしたい子どもには「マイバケツ」など、我慢をせずに過ごせるグッズがあれば安心です。
「お気に入りの毛布、1 人になれる小さいテントなども用意しておくといいですよ」
聴覚過敏の人におすすめなのが、周囲の雑音を遮ってくれるイヤーマフです。
イヤーマフも、災害時にいきなり渡しても受け入れは難しいそうです。
「『初めての物を触りたくない』『耳に当てるのが苦手』など、お子さんによってさまざまですが、避難所で過ごす上で便利です。『うちの子には必要ない』ではなく、『使う時が来るかもしれない』と考え、ぜひ試してみてください」
お薬手帳の内容をスマホで記録しておく
発達障害では「眠れない」「不安」「多動」などの症状を和らげるため、医師から薬を処方される場合があります。
処方内容はお薬手帳に記録されていますので、普段から持ち歩くと安心です。さらに、内容をコピーしたり、スマートフォンで撮影したりしておくと、いざという時に役立ちます。
「大規模災害時には、お薬手帳を基に薬剤師が薬を処方する場合もあります。どのお薬をどれだけ飲んでいるかが正確に分かることが大事です。非常時に子どもが少しでも落ち着いて過ごせるように、お薬手帳をスマホで撮影しておいてください」
防災訓練で、お子さんが困っていませんか?訓練中でも「見通し」を持たせる工夫をお願いしましょう
災害に備えるため、備蓄とともに大事なのが防災訓練。ですが、「発達でこぼこがある子どもは、防災訓練が本当に苦手」と小寺さんは語ります。
最近の学校や幼稚園、保育園では、「授業中」「外遊び中」「給食中」など、あらゆる場面で訓練しています。
「そもそも、いつも通りでないことが起きるのが苦手なのに、大きな音が鳴ったり、先生が真剣な顔になったりして恐怖が増し、パニックになるお子さんもいますね」
「防災訓練の日は休む」という子もいるそうです。
こういった場合は、子どもの特性を学校や園に伝えた上で、「訓練の間は先生のそばにいます」と見通しを持たせるといいそうです。
可能であれば、ご近所や町内会、地域の自主防災会の人たちにも特性を伝えておきましょう。
「ぱっと見はわがままに見えるかもしれませんが、感覚が繊細な子どもたちです。『我慢が美徳』ではなく、配慮を必要としています。脳の機能の違いでしんどい思いをするのだという理解が広がり、発達障害の人も安心できる防災が進めばと思います」