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【ココハレインタビュー】幼児体育講師・宮本忠男さん|子どもたちに大人気「みやもっち体育」とは?

【ココハレインタビュー】幼児体育講師・宮本忠男さん|子どもたちに大人気「みやもっち体育」とは?

縄跳び、逆上がり、マスト登り…運動嫌いをなくすため、遊びながら体の使い方を教えています

「みやもっち体育」を知っていますか?運動遊びを通して、子どもたちに体の基本的な使い方を教えていく幼児体育で、高知県内の幼稚園や保育園で取り入れられています。

この「みやもっち体育」を 20 年以上前に始めたのが幼児体育講師の宮本忠男さん。「運動嫌いをなくしたい」と、たくさんの子どもたちに関わってきました。

縄跳び、鉄棒、マスト登り…。「みやもっち体育」ではさまざまな運動が、楽しく遊んでいるうちにできるようになっていきます。子どもたちに「みやもっち先生」と大人気の宮本さんに、その秘密を聞きました。

大縄跳び?いいえ、冒険です!

宮本さんは子育てサークル「みやもっち体育を楽しむ☆親子運動あそびの会」の活動で、定期的にいの町を訪れています。伊野公民館の大集会室で 7 月に開かれた会には、1 歳から小学 3 年生までの親子が参加しました。

会場に現れた宮本さんが子どもたちの顔を見て取り出したのは透明のビニール袋。頭の上でひらひらさせてキャッチしたり、しっぽ取りの遊びに使ったり。「次はこれ」「次はこれ」と遊びを提案していきます。

この日は大縄跳びがテーマ。ですが、縄は出てきません。「波が来たぞー」という宮本さんの合図で、子どもたちは大きな布をくぐったり、近づいてきたひもを跳び越えたり。大人は「そうか、縄跳びに必要な動きを一つずつ身に付けているのか」と気付きますが、子どもたちにとってはスリル満点の冒険です。

冒険のストーリーはさらに広がります。

「ポケモンランド!」と宮本さんが呼び掛けると、運動に参加せずに部屋の隅にいた子どもたちが目を輝かせました。宮本さんからトランプを受け取り、「宝物」の場所にカードを並べます。

宮本さんは怖いお面と斧のおもちゃを持ってスタンバイ。縄跳びをクリアし、走り、お化けにつかまらないように宝物(カード)をゲットするという新たな冒険が始まりました。

縄を跳んで
縄を跳んで
走って
走って
お化けだ!気を付けろ!
お化けだ!気を付けろ!
カードをゲット!
カードをゲット!

カードをゲットするため、何度も大縄跳びに挑戦する子どもたち。でも、あくまで目的は「宝物」。「縄跳びの練習をしている」という意識はきっとないまま、自然に跳べるようになっていました。

「みやもっち体育」の運動遊びは、子どもにとっては楽しい冒険の連続。大人にとっては「そうか、こうやったら楽しく運動が身に付くのか」と発見の連続でした。運動が得意な子も、そうでない子も、運動にはまだ加われない子も、それぞれ居場所と役割があり、笑顔で過ごしていました。

「ここでは、異年齢の子どもたちが集まってくる昔ながらの『外遊び』の状態を意識してつくっているんですよ」と宮本さん。「僕は動き方を見せたり、ルールを伝えたり。遊びを引っ張るガキ大将ですね」

体育もスポーツも好きではなかった子ども時代

宮本さんは 1964 年、土佐清水市で生まれました。子どもの頃から活発だった…ということはなく、「幼稚園に全然行かない“不登園児”だった」そう。「みんなが合奏している横でごろんと寝てるような子ども。親はずいぶん心配したと思います」

体育もスポーツも「ある程度はできたけど、普通。面白いとは思わなかった」。中学校で入ったバスケットボール部は「監督が怖いから」という理由で、1カ月で退部しました。

2 年生の時、同級生からソフトテニス部に誘われ、入部します。しかし、テニスを教わる機会はなく、試合では当然勝てません。「テレビでウィンブルドンの試合を見て、『同じテニス?全然違うやん』と。また辞めようと思いました」

転機が訪れたのは 3 年生の時。テニス経験のある近所のおじさんが教えてくれるようになり、試合で勝てるようになりました。「あれ?テニス面白いかも」と思い始めたタイミングで、体育の先生に「駅伝で走ってみんか」と誘われました。今度は「あれ?走れるかも」。スポーツの面白さに目覚めていきました。

高校でもテニスを続け、インターハイ出場という目標を達成。卒業後は中京大学に進み、さらにテニス漬けの毎日を送りました。当時のスポーツは「根性論」「精神論」の時代。「うまくいかなければ、自分のせい。根性が足りないんだと思っていました」

卒業後は体育教師として、県内の高校で働き始めました。「振り返れば、自分も根性論みたいな指導をしてましたね」。1997 年、33 歳の時に中学の恩師に誘われて訪れた土佐清水市の幼稚園で、宮本さんにさらに転機が訪れます。

子どもに運動を「やってみたい」と思わせるには?

恩師が理事長を務める幼稚園で、「園児に体育をやって」と頼まれた宮本さん。「幼児体育」という言葉自体が珍しかった当時、恩師からのリクエストは、今で言う“むちゃ振り”でした。

「『今日はマラソンするよ』と言うと、子どもたちは『足が痛い』とか『今日はコンコン(咳が)出る』とか。幼児ですから、こっちの都合に合わせて動いてはくれないわけです。僕が怖い顔をしたら言うことは聞くと思うけど、そうじゃない。どうやったらいいのか悩みました」

数少ない指導者を探して県外で研修を受けては、目の前の子どもたちに試すということを繰り返すうちに、「運動の構造を知る」ということと、「その子がどんな子なのかを知る」ということが大事だと分かってきました。

例えば、縄跳びでは「縄を持った手を後ろから前に回し続ける」という循環運動と、「縄が足元に来たら跳び越える」というジャンプの組み合わせです。お手本を見て練習してできる子もいれば、お手本を見ても理解できずに困っている子どももいます。

「なぜ縄跳びができないのか。なぜ逆上がりができないのか。先生が一人一人の『悩みのブラックボックス』を開けないまま、自分のこつを教えてきたのがこれまでの体育だった。だから、できない子は『教えられてもできない』と諦め、運動嫌いになっていくんです」

運動ができないのは子どもに根性が足りないわけではなく、指導方法に問題があったのです。では、「できない」と思っている子に「やってみたい」と思わせるには?

ある運動ができるようになるには、その運動に必要な動きを過去に経験したことあるかが鍵を握ります。「逆さになった経験のない子に『逆上がりをやれ』と言っても、怖くてできない。そういう子にはまず、『逆さになっても怖くない』ということを経験できる運動遊びを取り入れました」

目の前の子どもに合わせて一つ一つ編み出していった独自の指導法を、宮本さんは「みやもっち体育」と名付けました。「みやもっち」という名前は、携帯ゲーム機「たまごっち」から。「流行っていた当時、子どもにそう呼ばれて。誰も『宮本先生』と呼んでくれなくなりました」と笑います。

「根性論」から「楽しい体育へ」

2007 年からは高知県教育委員会の事業で、県内の保育所や幼稚園で出前授業を行うようになりました。「みやもっち体育」は広く知られ、保育士や先生から「どうして子どもが 1 時間楽しく集中できるのか」と質問されるようになりました。

「自分が主観でやってきたことを、理論的に説明できるようになりたい」と考え、45 歳で高知大大学院へ。そこで出合ったのが「運動学」です。「子どもの気持ちをくみ取って、子どもに合わせて指導していきましょうというのが運動学。自分がやってきたことは間違ってなかったんだと思いました」

体育を「根性論」から「楽しいもの」に変えようと取り組んできた宮本さん。運動での「楽しい」は「その運動ができることだ」と語ります。

「逆上がりができない子に、例えば大人は『逆上がりができなくても、○○君は絵が上手だから』なんて伝えますよね。でも、すり替えは子どもには通じない。みんなと同じように逆上がりがしたいんです」

「できない子ができるようになる指導が大事。『○○ちゃんみたいに速くは走れないけど、みやもっち先生に聞いてさっきより速く走れた!』という経験を大事にしていきたい」

運動が「大人からやらされるもの」になると、できたとしても楽しくはありません。自ら「やってみたい」「もっと上手にやりたい」と感じる豊かな時間にするために、親にも関わり方のこつがあります。それは、挑戦する子どもをそばで見守り、子どもの言葉をオウム返しすること。

「できた時に『できたね!』と褒めるだけだと、そこで終わってしまうことがあります。子どもが『わぁ!』と喜んだら、同じ言葉で『わぁ!』と喜んで、『どうやってやったの?』と聞いてあげてください。『手をこうやって回してね…』と説明を始めたら、『そうか、手をこうやって回したんだね』と同じ言葉で返してあげてください。それを繰り返しながら、子どもは自分なりに運動のこつをつかみ、もっと上手にできるように高めていきますよ」

この記事の著者

門田朋三

門田朋三

6歳と2歳の娘がいます。「仲良し」と「けんか」の繰り返しで毎日にぎやかです。あだなは「ともぞう」。1978年生まれ。

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