【ココハレインタビュー】小学校教諭・上村啓太さん|一番は「愛してあげること」…特別支援コーディネーターの先生が実践する子どもへの関わり方
小学校の先生で1歳児と0歳児のパパ!特別支援教育への理解を広げようと奮闘しています
小学校や中学校で行われている「特別支援教育」。近年では発達障害の特性のある子どもへの理解を深め、対応していく上でも注目されています。
この特別支援教育を各学校で広げていくのが「特別支援教育コーディネーター」。特別支援教育について学んだ先生が担当し、校内での情報共有や関係機関との連携を進めています。
小学校教諭の上村啓太さんは江陽小学校(高知市江陽町)の特別支援コーディネーター。「子どもを愛してあげること」を大事に、特別支援教育への理解を広げていこうと奮闘しています。
家庭では 1 歳 9 カ月の女の子と 9 カ月の男の子のパパでもある上村さんに、子どもへの関わり方を聞きました。
目次
子どもについて、保護者と一緒に学んできました
2025 年 11 月、高知市内で「発達凸凹よっといで」というイベントが開かれました。「TOMOはうす」の皆さんが企画し、発達に特性のある人への支援を呼びかけました。
イベントではシンポジウムも開かれました。保護者や専門職の皆さんと登壇したのが上村さん。小学校の特別支援コーディネーターとしての思いを語りました。
上村さんは担当する児童の保護者と一緒に「TOMOはうす」の講習を受け、イギリス自閉症協会が開発したプログラム「アーリーバードプラス」を学びました。
「保護者と一緒に特性を学んで、理解して、家庭や学校で実践して、うまくいかなければ一緒に考えました」
「教員として『僕が何とかする』と思ってやってきましたが、保護者と支え合うことで、普段の学校教育でできる以上のことができました」
学校の先生が保護者と一緒に、子どもについて学ぶ。その意義を熱い口調で振り返りました。
何となく選んだ教育学部…「先生になろう」とは思っていませんでした
上村さんは 1990 年生まれ。高知市内で高校まで過ごしました。
父親は中学校の先生で、母親は特別支援学校の先生でしたが、「将来は教員になりなさい」とは言われなかったそうです。
「両親からは『なりたいものになればいい』と言われていたので、教員は特に意識しませんでした。小学校の時は『最後の弁護人』『逆転裁判』の影響で裁判ごっこがはやってて。将来は弁護士になろうと思ってました」
大学受験では法学部と教育学部を目指し、両方合格しました。上村さんの選択は「何となく、教育学部」。京都の大学の教育学部に進んだものの、「先生になろう」とはこの時点でも考えていませんでした。
「周りが教員を目指す中で、教員になる意識もなく、教育学部に存在する僕…という感じ。勉強もあんまりしなかったですね」
ですが、学生時代は積極的でなかったかというと、そうではありませんでした。教育実習で担当した外国語の授業では、今の上村さんに通じるようなアイデアが光りました。
「『What’s color do you like?』という授業に 20 着ぐらいTシャツを着込んでいって(笑)。教壇で 1 枚 1 枚脱いで『What’s color do you like?』『Red!』ってやりました」
「もともと人と関わるのが好きだったし、知らない人としゃべるのも好きだった」という上村さん。「先生になろう」という意識はなくても、その道を自然と歩んでいきました。
「自分には何もできない」から一念発起!学びの楽しさを知りました
大学で小学校と特別支援学校の教員免許を取得。卒業後は高知に帰ると決めましたが、新卒では教員になれず、臨時講師の職を待つことに。
「臨時での採用が 2 カ月後と決まって、『よっしゃ!2 カ月休みや!』と(笑)。でも、喜べたのは最初の 2 週間だけで、あとは『何の生産性もない毎日を過ごしていいのか…』と焦りました」
6 月に香美市の大宮小学校に赴任。知的障害のある子どものいるクラスを任されました。3 年生が 3 人のクラスで、中には数字を 3 まで数えられない子どももいました。
「引き継ぎを受けていろいろ頑張ってはみたんですが、新卒の自分には何もできなかった。子どもの発達のことやトレーニングなどについて保護者に相談されても、何も答えられなかったです」
子どもにおもちゃを渡し、「座れてたらよし」とするような毎日。「教育」にはほど遠く、何もできないはがゆさを感じた上村さんは一念発起し、学び直すことにしました。
臨時講師の任期を終え、高知大学の大学院に進学。教育心理や学級経営を研究する鹿嶋真弓さんのもとを訪ねます。
「僕自身、衝動的に思いつきで動いたり、静かに座っていることが苦手で、子どもの頃からいろんな困りごとを周囲に助けてもらってきたんです。教員として通常学級で困り感のある子を指導したいと考えて、鹿嶋先生のゼミに入りました」
大学時代は「あまり勉強しなかった」そうですが、大学院では研究に没頭しました。
「以前から興味のあったリーダーシップを研究テーマに選んだんですけど、面白くて!人って『勉強しなさい』と言われてしなくても、学びたくなったら勝手に学び始めるものなんだなと実感しました」
パニックを見守るのは甘い対応?「実践」と「振り返り」を繰り返しました
大学院を修了した上村さんは 2017 年度、教員として採用されました。初任地は四万十市の具同小学校。3 年生の担任になりました。
これまでの学びを教育現場で生かすべく意気込みましたが、理論と実践の違いを実感します。
「大学院での研究は『子どもたちにどういう力をつけるか』。現場の授業では『どうやって力をつけるか』なんですよね。授業は素人でしたし、困り感のある子どもへの対応に寄り過ぎると全体への対応がおろそかになることにも悩みました」
自らの課題を認識し、通常学級でさらに経験を積んだ上村さん。自閉症・情緒障害特別支援学級の担任となり、ある男の子に出会いました。
「教室に行けず、パニックになったり、暴言や手が出たりしていました。家庭の状況もあり、学校が癒やしの場にならなければと考えました」
男の子と 1 対 1 で関係づくりを始めた上村さん。得意のけん玉を使ってアプローチするなど、工夫を重ねました。
ゲームの「モンスターハンター」が好きだと知って作ったのが「クエストボード」。「掃除をする」「修理をする」などのお手伝いを「クエスト」として設定し、達成したら「成功報酬」をもらえるようにすると、男の子は進んで取り組みました。
「暴言を受けてしんどくなる時も正直ありましたが、少しずつ手が出なくなり、クエストボードのおかげで、他の先生との関係もできてきました。僕が離れても落ち着いている時間が 5 分、10 分、1 時間と延びていきました」
周囲から見れば「遊んでいる」ようにも見える対応。男の子がパニックを起こした時、落ち着くまで見守る上村さんには「甘くない?」という指摘もあったそうです。
「怒ったり泣いたりしているのを無理に止めるのは難しいですよね。試した対応をメモして、データ化していくと、子どもの状態が改善していくのが分かり、自分の引き出しになりました」
「引き出し」とは子どもへの対応のバリエーションのこと。「実践」と「振り返り」を繰り返すことで、経験値が増えていきました。
「学んだことを試すだけだと、独りよがりの安直な指導になるなと。同じ自閉スペクトラム症でも特性は 1 人 1 人違うので、引き出しが増えると、『あの子にはAの方法が合ったけど、この子にはBだな』というふうに、子どもを見て、学びも生かしながら対応ができるようになりました」
上村さんが男の子と関わったのは 5 年生まで。異動で具同小を離れましたが、6 年生の終わりには、男の子から卒業を知らせるはがきが届いたそうです。
シールが好き過ぎる長女…「失敗からの学び」も大切にしています
上村さんは 2020 年度、高知市の一宮東小学校に異動しました。特別支援への取り組みが認められ、2022 年度には校内の特別支援コーディネーターに。特性のある子どもや不登校の子どもへの対応を、保護者や校内の先生たちとだけでなく、校外の関係機関、専門職の皆さんも交えて考えていく際の“まとめ役”です。
ここでも「ハマると没頭する」という特性を発揮した上村さん。学校での業務に加え、勉強に研究、さらには公認心理師の資格を取るなど、特別支援に役立つことには積極的に取り組みました。
「僕、ゲームが好きなんです。ゲームを 1 日何時間もすると怒られますけど、研究だと何時間やっても褒められるんですよね(笑)。好きなことがあるのは幸せなことだなと思います」
家庭では 2004 年に長女、2025 年に長男が生まれました。パパになり、子どもを見る際の視点がまた変わったそうで、「親ってすごい」と実感する毎日です。
「長女はシールが好きなんです。好き過ぎて、持ったままお風呂に入ろうとしていて。あー、ぬれるのになぁ。でも大事な物は持って行きたいんだろうな…と考えて見守ってみました。案の定、ぐじゅぐじゅになりました(笑)」
「転ばぬ先の杖」であれこれ気を回すと、子どもは失敗を回避できますが、失敗から学ぶことはできなくなります。親が大切にしたいのがそのバランス。
「お気に入りの靴下を履いてお風呂に入ったら、靴下がぬれる。でも、ぬれてもまぁいいですよね(笑)。危険が及ぶこと以外は失敗させてみた方がいいんだなと、親になってさらに思うようになりました」
子どもに向き合い、迷った時は?二つの“原点”を大事にしています
2026 年度から江陽小学校で勤務する上村さん。特別支援コーディネーターの業務に加え、通級指導教室の開設準備を進めています。
教員として正採用され、10 年目。中堅の先生となり、忙しさは増しています。学校の先生の「働き方改革」が言われていますが、仕事と家庭の両立は?
「学校は『ブラック職場』と言われていますが、今はかなりホワイト。『若い先生をつぶしたらいかん』という意識が広がっています。僕も育休が取れましたし、『子どもの迎えが…』とお願いすると、快く送り出してくれますよ」
それでも、両立で悩むことはあるそう。
「今は『家庭第一』ですが、独身時代のように働けたらな…という葛藤はあります。『しんどい子どもたちに対して、自分に何ができるか』と考えると、あれもやりたい、これもやりたい。時間がいくらあっても足りません!」
上村さんには、仕事で迷ったり、悩んだりした時に立ち返る“原点”があります。一つは「迷ったら『子どものためになるかどうか』を考えなさい」。初任地の具同小学校で、当時の四万十市の教育長からかけられた言葉です。
教育も子育ても「正解」はなかなか分かりませんし、結果がすぐに出るものでもありません。判断がつかずに立ち止まった時、上村さんは「子どものためになる?」と自問自答してきました。
「原点に戻ると落ち着き、方向が見えてきます。判断がつかないことはまだまだたくさんあるので、いろんな方に話を聞いたり、勉強したりしながら、力をつけていきたいです」
もう一つ、最近気づいた“原点”があります。
「勉強して、実践して、振り返って。子どもが落ち着いたり、新しいことができたりすると『効果が出た』と喜んでいましたが、これって僕の指導が良かったんじゃなくて、子ども自身が成長しただけなんじゃないかと」
教育のプロとして、専門的な指導や関わりはもちろん必要です。しかし、子どもと一緒に過ごして「面白いね」「楽しいね」と共感したり、できた時に「できたね」と声をかけたり。そんな小さな積み重ねが子どもを支える土台になると実感しています。
「それってつまり何ですか?」と尋ねると、上村さんはちょっと照れながら答えてくれました。
「一番は目の前の子どもを愛してあげることですね。子どもの目を見て、応えていくことを大切に、これからも向き合っていきたいと思います」
この記事の著者
門田朋三
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