「あなたが大切」と伝えたい・16年目のポッケ②|「大きくなる」ってどういうこと?中学生と交流
四万十町認定こども園「たのの」で16年続く命の学習「カンガルーのポッケ」。命の大切さを伝え、自己肯定感を高めていくヒントを紹介します
高知県四万十町大正の認定こども園「たのの」では「カンガルーのポッケ」という命の学習が続けられています。地域の小児科医と園の先生、住民が協力して進める珍しい取り組みで、2021 年度で 16 年目を迎えました。
ココハレ編集部では 1 年間、カンガルーのポッケに密着。子どもに命の大切さを伝え、自己肯定感を高めていくヒントを探りました。5 回の連載で紹介します。
第 2 回は「『大きくなる』ってどういうこと?」。近くの大正中学校の 3 年生と交流しました。中学生の中には、おなかの中の赤ちゃん時代にカンガルーのポッケに参加した男の子がいました。
目次
命の大切さを伝えたい。2006年度に始まった「カンガルーのポッケ」
「カンガルーのポッケ」が始まったのは 2006 年度。小児科医の沢田由紀子さんが「たのの」の前身である田野々幼稚園に提案しました。
沢田さんは自治医科大学を卒業後、高知県内の地域医療に携わってきました。地域の病院や診療所で勤め、06 年には合併後の四万十町役場に入り、乳幼児健診などを担当しました。現在はフリーの小児科医として働いています。
沢田さんが地域医療や行政の仕事をする中で見えてきたのは、気になる子どもの姿や、家族の在り方。「いじめ、自殺、虐待、性犯罪など、日本の子どもたちを取り巻く社会は大変な状況。自分が大切な存在なんだということを子どもたちに教えなくてはと考えました」
虐待予防や性教育にもつながる予防医学を保育現場で展開できないか。真っ先に思い浮かんだのが胎児エコーでした。「学生時代に見学して、一番感動したんです。お母さんのおなかの中で生きている様子を子どもたちに見せてあげたいなと」
「携帯用のエコーでおなかの中の赤ちゃんを見てもらい、命の大切さを知ってほしい」「地域の妊婦さんに協力してもらえないか」…。幼稚園、学校の先生たちと作り上げた四万十町独自のプログラムが、田野々幼稚園と昭和小学校で始まりました。
この写真、だ~れだ? 幼い頃の写真と、中学生になった今を比べました
自分や友達の心臓の音を聞き、お母さんとのつながりであるおへそについて学んだ「たのの」の園児たち。9 月は「命のつながり」をテーマに、地域のおじいちゃん、おばあちゃんたちと昔遊びをしました。
たくさんの命がつながってできた今の自分がこれからどう成長していくのか。10 月は「おおきくなるって」をテーマに、大正中学校の 3 年生と交流しました。絵本「大きくなるってこんなこと!」を読んだ後、楽しいクイズ大会の始まりです。
幼い子どもの写真がスクリーンに映し出されます。「この男の子、今はどのお兄ちゃんになってるかな?」と園長の門田清子先生が園児たちに尋ねると、「えーっ、むずかしーい!」と大盛り上がり。
中学生は自分の写真の横に立ち、「小さかった頃の夢」と「今の夢」を園児たちに語りました。
「小さかった頃はドーナツ屋さんになりたかった。今の夢は保育士です」「小さかった頃の夢は仮面ライダーで、今は自動車整備士です」
「仮面ライダー、僕と一緒や!」と園児から声が上がります。
「パティシエになりたかった。今はお父さんに楽させるだけの給料がある仕事」「大工さんだったけど、今の夢はまだ決まっていません」
そんな声もありました。
たいよう組の園児たちも「ケーキ屋さん」「警察官」「保育園の先生」と夢を語りました。自分たちはこれから、目の前にいる中学生のお兄ちゃん、お姉ちゃんのように大きくなるんだ…。園児たちは「夢」をキーワードに、自分たちの未来を実感していました。
1年目も16年目も「親子」で参加。中学生に成長したわが子への思いをお母さんが語りました
「夢」の発表が終わると、沢田さんが 1 枚の写真をスクリーンに映しました。「これは、赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいる時に撮ったエコー写真です。今日来てくれたお兄ちゃん、お姉ちゃんたちの 1 人だけど、誰か分かる?」。「分からーん!」という反応に、「そうだよねぇ」。
エコー写真はカンガルーのポッケが始まった 2006 年に撮影されたものです。おなかの中の赤ちゃんは中屋元輝(もとき)君。お母さんの綾子さんが当時、妊婦さんとしてカンガルーのポッケに参加し、エコーに協力しました。
この日は綾子さんが元輝君が生まれるまで、そして生まれてからの日々を振り返りました。16 年間続いてきたカンガルーのポッケならではの時間。沢田さんも園の先生たちも、感慨深そうに見つめます。
約 1500 グラムと小さく生まれた元輝君。生後間もなく、息が止まったことがありました。「小さく産んでしまってごめんね」と泣いてばかりの綾子さんを変えたのは元輝君。「一生懸命息をする元輝が『泣いている場合じゃない』と私に勇気をくれました」
涙ぐむ綾子さんの語りを、園児たちはじっと聞いています。元輝君も後ろで聞いています。
「みんなには、お父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんなど家族がいると思います。家族は、赤ちゃんが生まれたときの様子を映像として覚えています。その時のうれしかった気持ちも心に残っています。いつでも思い出して、じーんとします」
「私は元輝から勇気をもらって頑張れました。皆さんも、家族に勇気や元気、楽しいという気持ちをあげているんだと思います」
綾子さんのお話を、園長の門田さんが引き継ぎました。
「みんなも、中学 3 年のお兄ちゃん、お姉ちゃんも、どの子もみんな愛されて、今ここにいます」「困った時は周りの人、お父さん、お母さん、先生に教えてください。自分は一人じゃないと覚えていてください」
あなたは愛されて大きくなって、今ここにいる。親としては当たり前で、普段口にしないことを、カンガルーのポッケでは真正面から子どもたちに伝えています。こくりとうなずいたり、首をかしげたりする園児たち。あまり表情を変えずにじっと聞いている中学生たち。今はまだ全て理解できなくても、「あなたたちは一人一人が大切な存在」という大人たちからのメッセージは、子どもたちの心に染み込んでいきます。
カンガルーのポッケで使った絵本はこちら
最後に、カンガルーのポッケで読み聞かせをした絵本を紹介します。
【第 3 回 命のつながり】
「おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん」(作:長谷川義史、BL出版)…お父さんのお父さんはおじいちゃん、おじいちゃんのお父さんはひいおじいちゃん。子どもは「ひいひいひい…」と数えるのが好きですね。
【第 4 回 おおきくなるって】
「大きくなるってこんなこと!」(作:ルース・クラウス、絵:ヘレン・オクセンバリー、訳:山口文夫、評論社)…大きくなる日を心待ちにしている男の子の物語。自分が大きくなったかどうか、自分では分からないもの。成長する喜びが伝わってきます